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雨が雪に変わる夜に
【女性向け 官能小説】

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失踪-1

 結局会社を休んだ亜紀は、昼間はずっとベッドの上でごろごろしていた。
 彼女が夕方こたつで紅茶を飲みながら本を読んでいる時、身支度をした拓海がバッグを肩に掛けながら言った。「じゃあ、ちょっと行ってくるからな」
「うん。気をつけて」
「帰りに何か、買ってきてやろうか? 食べるもん」
「いいよ、あるものを見繕って食べるよ」
「そうか」
「ゆっくりしてきて。久しぶりに会う友達なんでしょ?」
「ああ。だけど、早めに帰ってくっからな。あんたが心配だから」
 亜紀は呆れたように笑った。「大丈夫だってば」

 拓海が部屋を出て行った後、亜紀はしばらく本の活字を目で追っていたが、書いてある内容はほとんど頭に染みこんでいかなかった。

 何気なく襟足をさばいて、スウェットの襟を直そうと、首筋に手を触れた時、亜紀は青ざめて目を見開いた。
「えっ?!」
 いつも身につけていた金のネックレスがいつの間にかなくなっていた。それは二十歳の時、遼からプレゼントされたものだった。
「やだ……切れちゃったのかな」
 亜紀は、上着を脱ぎ、着ているものを調べ、それから部屋の中を片っ端から捜した。しかし、その細いアクセサリーは見つからなかった。
「遼……」亜紀は涙ぐんで部屋の真ん中に座り込んだ。

 しばらく放心したようにうなだれていた亜紀は、おもむろに立ち上がり、テーブルに置かれたポットからカップに紅茶を注ぎ足した。そしてそのカップを手に、キッチンに足を向けた。
 冷蔵庫からパック入りの牛乳を取り出した彼女は、カップの中の冷めて濃くなってしまった紅茶に牛乳を垂らし、すぐにそれを口に運んだ。
 亜紀は顔を顰めた。
「やっぱり渋い……。タクちゃんの嘘つき」
 亜紀は小さく呟いて、中身をシンクに捨てた。

 ベージュ色の液体が排水口に流れ落ちていくのをしばらく眺めていた亜紀は、焦ったように部屋に戻ると、その隅にある木製ラックの上に立てたフォトスタンドに手を掛けた。
 彼女は、家族写真の裏に入っていた遼とのツーショット写真を恐る恐る取り出して、しばらく見つめていたが、いきなりそれを乱暴に破り、ゴミ箱に投げ入れた。

 それから亜紀は、クローゼットを開き、片隅にたたんで立てていた段ボールを全部引っ張り出して、箱に組み立て始めた。


 夜の9時半頃、亜紀のアパートに帰ってきた拓海は、ドアを開けるなりびっくりして大声を出した。
「なっ、ど、どうしたんだ? 亜紀ンこ!」
 玄関を入ってすぐのキッチンとその周辺には、皿一枚残っていない。リビングに目をやると、積み上げられた段ボール箱が7、8個。

 拓海は慌てて靴を脱ぎ、中に駆け込んだ。
「亜紀ンこ!」
「ああ、タクちゃんお帰り」ベッドに腰掛けた亜紀は寂しそうな笑顔でその従姉妹を迎えた。
「何なんだ? これは」
「実家に帰ることにしたの」
「はあ?!」
「もうこの町にいる必要もなくなったし」
「仕事は?」
「明日辞表を出すよ。もう書いた」
「って、早っ!」

「今夜寝る所、ちょっと狭いけどがまんしてね」亜紀は部屋の隅にたたんだ布団一式を広げ始めた。
「亜紀ンこ……」
「あたし、もう寝るね。明日忙しくなりそうだし」
「そ、そんな慌てて動かなくても……」
「不動産屋さんとか市役所とか、行かなきゃなんないしね。タクちゃんも明日帰るんでしょ?」
「そのつもりだけど……」

 亜紀は布団を伸べる手を休めて、静かに言った。「実家に帰ったら、お見合いするつもり」

 拓海はひどく切なそうな顔で、にこにこ笑う亜紀の顔をじっと見つめた。


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