凌辱の日々-8
――そしてその日の朝。またいつもと変わらない一日が始まった。
学校では、一時限目の授業が終わろうとしていた。
真奈美は教室の外で立たされていた。一時限目を遅刻した上、授業中、居眠りばかりしていたからだ。
「はい、では国語の授業はこれでおしまい! 宿題は忘れずやってくるように!」
国語担当であり、真奈美の担任でもある女教師、平山 沙織は大きな通る声でしめくくり、授業を終えた。
ガラガラとドアを開け、教室から出た平山は、教室の外で立たされていた真奈美に声を掛けた。
「芹沢さん、もう教室に戻っていいわよ。 ……どお? 授業中に立たされた気分は。 立ちっぱなしだと眠くならなかったでしょう」
「は、はい……」
「貴方は、他の先生からも授業中に居眠りしてるって報告が入ってるの。 理由は後で聞くとして……とにかく居眠りする癖をつけちゃったらいけないわ。 暫くは無理してでも起きていないと」
真奈美は、担任の授業である国語にもかかわらず、朝の一限目から机に突っ伏して大いびきをかいて寝てしまったのだ。
「最近、スマホばかりいじって夜更かしする生徒が増えてるみたいだけど、貴方はそんな子じゃないと思ってるわ。 規則正しい生活を心がけるように!」
「はい、すみませんでした……」
真奈美はふらふらと教室に戻った。
――真上からの太陽の日差しがきつい。
午前の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「まなみ、まなみぃ!」
「うん? なに、メグ?」
ふと気が付くと、心配そうに側で覗き込む萌美の顔があった。
「もお、午前中の授業、オール居眠りで通すのかと思ったよぉ…… お昼休みになったら元気になって、すごい勢いでお弁当食べだすんだもん!」
「ごめん! もう、お腹が減って倒れそうだったのよ……」
「食欲があるのはいいことだろうけど…… 昨日からのまなみ、とっても変だよ!」
「何が?」
「だって、授業中はよく居眠りしてるし、なんだかすごく疲れてるみたいだし……」
「え、そうかな……そうかもね……」
「それそれ! まなみ、とっても大らかっていうか、投げやりっていうか……前はこんなんじゃなかった」
萌美は呆れ顔だ。
「それに……」
「それに?」
「なんだか擦りむいたような傷が、あちこち……」
「あ……ほんとだ」
「それに、それに……」
「何? 遠慮しないで言って良いよ。大丈夫だから」
「なんか臭うの……お風呂、ちゃんと入ってる?」
「ああー……」
今日は特に念入りに朝風呂で洗ったはずだったのに……真奈美は、昨日の中年男の体臭や口臭を思い出していた。
「まなみぃ……そしてそれ! なんだかぼーっとして、何も考えていないような……」
心配のあまり泣き出しそうな萌美の顔を目の当たりにして、真奈美は一瞬ドキリとした。
未だかつて萌美がこれほど困惑した表情を見た記憶はない。
思考力が低下しているのか、感情が鈍くなっているのか、どうもいつもと違う感覚の自分に、ふと気付いた。
心の奥底で、どこか遠くで鳴り続けている警鐘。
(たぶん今の私、どこか無防備で危険な状況なのだわ……これは……)
しかし、一度蘇った戻ったかのように見えた思考力は、再び幕が張ったように混濁の中へと沈み、いつの間にか警鐘も鳴り止んでいた……
――そしてまた、おぞましい夜が来るのだった……