ン-2
「蒼くん、ファーストキスみたいにドキドキした?」
それがあたかも普通の会話のように。
私は話を続ける。
「うん。ありがとう」
何のありがとうなんだか。
好きでもない、トラウマのオンナとキスをして
本当にファーストキスのドキドキを味わえたのか?
「ファーストキスのドキドキを味わえた?」
やめておけばいいのに、わざわざ突っかかる私を、
じっと見つめながら
「里香の本当のファーストキスはもっとドキドキしたのかよ?」
なんて小さな声で聞く。
「・・・・」
もっとって言われると。
どう答えていいか分からないけど。
ただ単に「心臓がドキドキした」って言う意味なら
蒼くんとのキスの方がドキドキしたよ。
でもそんなことはもちろん白状するなんて自殺行為で。
「じゃぁ、今度ちゃんと里香が教えてよ。
ファーストキスのドキドキを」
そう笑うと、飲み終わったコーヒ―カップを捨てて
6月の曇り空の中を手をつないで外に出た。
「もう少しで梅雨だな」
空を見上げて言うしぐさにドキッとする。
この手を離したくない。
一体、蒼くんの頭の中に
いくつのカウントが用意されているのか分からないけど
永遠に終わらなければいいのに。
私は5年前の不完全燃焼の恋心が
消火していない事を自覚した。