歪な氷雪-1
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朝刊には冬季オリンピック関連の記事が大きく掲載されていた。
メダルはいくつ穫れるのか、あるいは経済効果はどのくらいなのか、世界中が注目するこのビッグイベントにはさまざまな思惑が絡んでいるらしい。
四年に一度か──と江國雅治(えくにまさはる)は活字から目を逸らしてコーヒーを口にはこんだ。食卓には二人分のハムエッグとロールパンも並んでいる。
自分で買い物をするようになってからは、スーパーの特売が火曜日に行われるということもわかった。目の前の玉子やパンはその時に買ったものだ。
これじゃあまるで主婦ではないかと自嘲したくなる時もある。けれども妻がいないとなると話は別だ。
雅治の妻、美登里(みどり)の眠る霊園は自宅から少し離れており、自家用車で走っても二十分以上はかかる。
しかもこの時季は路面が凍結しやすいので、あまりスピードが出せないときてる。
墓参りにはマフラーと手袋をしていったほうがいいだろうなと思っていた時、娘の美羽(みう)が二階から下りてきて顔を見せた。
「おはよう」
父が言うと、娘は何も言わずに朝食と向き合った。
「夕べも遅くまで起きていたのか?」
「うん……」
わずかな沈黙もいつものことだ。
「夜更かしもほどほどにしておかないと、あれだぞ、風邪でもひいたらどうするんだ」
「だいじょうぶ」
「おまえのことが心配で言ってるんだぞ」
「お母さんに似て、風邪だけはひいたことがないから」
「……ならいいんだ」
言うことがなくなったので、雅治はコーヒーの残りを飲み干して難しい顔をした。
どこもかしこも母親に似ているというわけではないが、ふとした瞬間の美羽の表情や会話の中に美登里があらわれるたびに、雅治は決まって懐かしい気持ちになるのだった。
そんなことなど知らない美羽は、つまらなさそうな顔で牛乳を飲んでいる。
雅治はふたたび新聞に視線をやり、オリンピックの記事を何気に眺めた。
四年後には自分は四十六歳で、娘も二十歳になっている。
そして八年後、十二年後の未来には自分たちはどうなっているのか、考えれば考えるほど憂鬱になる。
それはつまり美羽がよその男と結婚して、この家を出て行くという設計になっている現実から逃れられないからだ。
誰かにやるくらいなら自分が美羽を、と思いかけたところで雅治はかぶりを振った。
「はやく支度をするんだぞ」
言っても返事をしない娘を置いて雅治は洗面所に向かう。
顎を撫でるとざらざらした感触があった。