歪な氷雪-23
俺は何を照れているんだ──と露天風呂に浸かりながら雅治は顔をこすった。すべてが娘のペースで進捗しているのが気に入らないのだ。
ともあれ、こうやってのんびりできるのはありがたかった。美羽という連れもいる。
さて、今夜はぐっすり眠れるだろうか──不安に駆られながらも雅治の気持ちはどこか浮かれていた。
美羽とどうにかなろうなんてことは考えないようにしているが、やはり意識はしてしまう。
ガールフレンドができた時の気分とよく似ていると思った。相手の考えていることは知りたいくせに、自分の思いはこれっぽっちも知られたくないのである。
ただでさえのぼせている頭が余計に熱くなってくる。
雅治は男湯を出た。すぐそばに女湯の赤いのれんが見える。
ちょうどそこから一人の女性が出てくるところだったが、美羽ではなかった。
ここの風呂は二十四時間いつでも利用できるらしいから、娘は遅い時間に入るつもりなのかもしれない。
そういう過剰な詮索は禁物だと知りつつ、雅治は部屋の前に辿り着くまでずっと美羽のことを考えていた。そしてドアを二度ノックする。
「俺だ、開けてくれ」
中で人の動く気配があり、やがてドアが細く開けられた。
「おかえりなさい」
気丈な声で言う美羽の目は、なぜか少し充血していた。
「どうしたんだ。何かあったのか?」
「何でもない……」
と美羽は涙を隠す素振りをした。まさかとは思うが、置いてけぼりにされたのが寂しくて、いじけていたのだろうか。
「おまえも入ってきたらいい。温まるぞ」
「うん……」
やはり娘の返事は心ない。弱った雅治は座布団を尻に敷いてテレビをつけた。
夜の九時前のニュース番組がやっていて、馬面(うまづら)の男性キャスターが冬季オリンピックのことをしゃべっていた。
「メダル獲得にはなりませんでした」
と彼が原稿を読み上げたあと、モーグル競技の映像に切り替わった。
まつ毛の長い女子選手の顔のアップから徐々に引いていくと、さらに鋭い角度からの視点へと変化し、こぶだらけの雪の斜面を果敢に攻める全貌が明らかになった。
出だしは上々に見えた。熱気を帯びたギャラリーの歓声が会場を盛り上げ、彼女の体が空中で回転した時には、よし、と雅治も拳を握っていた。
だがその直後、彼女はバランスを崩して着地に失敗した。手足があべこべの方向に曲がり、そのまま雪の上をざざざっとずり落ちる。
さすがに実況の音声も落胆していた。
オリンピックの魔物──という語呂が雅治の頭にひらめいた。頂点を目指して積み重ねてきた努力を嘲笑い、一瞬の油断につけ込んでくる魔物である。
競技後のインタビューで彼女はひどく落ち込んでいたが、一滴たりとも涙を見せなかった。
十六歳の若き新星も魔物には勝てなかったというわけだ。