歪な氷雪-20
9
「お父さん、こっちこっち」
その声を頼りに彼女の姿を目で拾うと、構えたストックを雪面に突き刺し、それを軸にして体をくるりと反転させた。
視線の先に白いスキーウェアが見えている。ほかでもない娘の美羽である。
「ちゃんと見ておけ」
雅治は斜面の下に向かって声を張り上げた。すると、こちらを見上げていた美羽が右手の親指を立てて合図をくれる。
コーチを引き受けた手前、こんなところで無様な姿を晒すわけにもいかない。
雅治は位置について、ゆっくりと斜面を滑り出した。雪質はすこぶる良好だ。
やや長めのターンを何度か決めて、徐々にスピードを上げていく。シャーベットをスプーンですくい取るような音を足元に聞きながら、二本の板を巧みに切り返してゲレンデの麓まで滑走する。
いいぞ、この感じだ──と雅治は久しぶりに味わう爽快感に浸ったまま、美羽のそばまで行って雪を蹴った。
「お父さん、すごい」
美羽は拝むような仕草で声をあげた。
「あたりまえだ。これでもまだまだ本調子とはいえないがな」
「知ってる。さっきまで転んでばっかりだったもんね?」
「あれは、なんというか、単なるデモンストレーションだよ」
「ふうん」
美羽は父親のことをじろじろ見た。この人はどこまで負けず嫌いなんだか、という意味の視線だ。
「よし、あと一本滑ったら休憩にしよう」
雅治は気を取り直してリフト乗り場に向かおうとしたが、もたもたしてついて来れない娘を振り返り、手を貸してやった。
「ありがとう」
美羽の何気ないその一言で、雅治の胸は淡い気持ちでいっぱいになった。