歪な氷雪-2
2
霊園の西側に大きな寺があり、そこから見下ろすかたちで長い参道がつづいている。四季折々の花が楽しめることで有名な寺である。
歩道の両側にはさまざまな商店が建ち並び、昔ながらの飴菓子やカステラを扱う店舗も軒を連ねている。
「ちょっと腹が減ったな」
墓参りを終えた雅治は独り言のようにつぶやき、美羽を連れて『柏木』という蕎麦屋に入った。
落ち着いた店内は適度に暖房が効いていて、うまそうな匂いが漂っていた。
座敷が空いていると店員が言うと、美羽は少し億劫(おっくう)そうなため息をついた。どうやらブーツを脱ぐのが面倒らしい。
それならもっと履きやすい靴にしたらどうだと雅治は言ってやりたかったが、親子のあいだに溝ができるのを恐れてその台詞をすぐにしまった。
美羽が何を考えているのか雅治にはわからない。母親がいないから無口になったのではなく、難しい年頃だからだということは頭のどこかで理解できている。
「やっぱりここのお蕎麦がいちばんおいしい」
はこばれてきた山菜蕎麦を食べながら美羽が言う。
時折こうやって心を開いてくれるのが雅治には嬉しかった。会話を交わす回数こそ少なくなったけれど、意思の疎通はきちんとなされているのだ。
「みっともないんだから」
と美羽がハンカチを差し出せば、雅治が自分の口元をそれで拭う。
これではどちらが大人なのかわからない。
女房役を務めているつもりなのかもしれないなと、雅治が美羽の顔色をうかがう。
そこに治りかけのニキビを見つけたが、数えると増えるようなことを以前美羽から言われたのを思い出し、見なかったことにした。
「母さんとおなじ大学へ進むのか?」
「そのつもり」
「おまえのやりたいことがそこにあるんだな?」
「まあね」
そっけない返答ではあるが、自分のことは自分で決めたいという性格はやはり母親譲りなのだろう。
雅治にしても、美羽の進路についてとやかく言うつもりはない。娘の好きなようにやらせておけばいいのだ。
ただひとつ気がかりなのは、異性との交友関係である。高校を卒業した途端にいろいろなことから解放され、ふしだらな誘惑に惑わされたりするかもしれない。
美羽に限ってそんなことはない、という保証はどこにもないのだ。