歪な氷雪-13
7
娘と二人で住むには広すぎる家、そこから漂ってくるのはカレーの匂いであって欲しい。
そんなことを思いながら帰宅すると、食欲をそそる香辛料の匂いが雅治を出迎えた。
「ただいま」
とキッチンをのぞくと、
「おかえりなさい」
と美羽が八重歯を見せて微笑んできた。
油断大敵とも言うべきまばゆい笑顔である。立て直すのに数秒かかった。
「ちょうどカレーが食いたいなあ、なんて思ってたんだよ」
「へえ、そうなの?」
美羽の様子が明らかにおかしい。学校で何か良い出来事でもあったのだろうか。
いや──と雅治は考え直す。先刻の丹波直樹の話を振り返り、きっと下心を隠しているに違いないと直感した。
「洗い物が片付かないから、さっさと食べちゃってよね」
「ああ、うん」
娘に急かされるまま父は食卓に着いた。カレーライスに野菜サラダという王道の組み合わせだが、どちらも抜群にうまかった。
そして人参の欠片をスプーンですくってみると、それはハート型に見えなくもない形をしていた。
まったく、手の込んだことをしやがって──と雅治は笑みがこぼれるのを我慢した。
その後も人参を探しては形を確認してみるが、とうとう二個目のハートに出会うことはなかった。
さっきのあれはどうやら偶然の産物らしい。しかし美羽が良からぬことを企んでいるのは確実である。
「何か買って欲しい物でもあるのか?」
満腹になった腹をさすりながら雅治は訊いた。
「そうじゃないけど、ちょっとお父さんにお願いがあって」
洗い物の手を休めずに美羽が言う。アルバイトや資格試験の相談ではなかろうかと雅治は読んでいたのだが、そうではなかった。
「あたしにスキーを教えて欲しいんだけど」
それはあまりにも唐突な申し出だった。
「ねえ、聞いてるの?スキーだよ、スキー」
十六歳の少女は必死にねだる。
聞こえているよ、という意思を相槌だけで済ませる父親を見るなり、美羽はため息をついた。
「やっぱりだめか……」
今度は拗ねてみる。
「そうだよね。お母さんがあんなふうになっちゃったから、お父さんはスキーが嫌いになったんだよね」
「それはもういいんだ。俺が気になっているのは、なぜ今頃になってスキーなのかということだ。おまえたちの年代ならスノーボードが主流じゃないのか?」
「学校の友達はみんなスノボがやりたいって言ってる。だけどあたしはスキーがしたいの」
憧れを抱いた目をして美羽が訴えてくる。いい加減な気持ちで言っているのではないなと雅治は思った。
「お父さんも昔、スキーの選手だったんでしょ?」
と言う美羽の両手は洗剤の泡だらけだ。
「趣味に毛が生えたようなものだけどな」
「楽しい?」
「うん?」
「スキー」
「ああ、そうだな。滑れるようになれば、だんだん楽しくなってくる」
父娘で会話らしい会話を交わすのは久しぶりである。もっとも、主導権は美羽のほうが握っているのだが。