歪な氷雪-12
「ろくに口も利かなかった娘がね、人間ドックに行けって私に言うんだよ」
前触れもなく丹波が語り出した。
雅治は口をつぐんで聞いている。
「嫁ぎ先から孫を連れて帰ってくるだろう、そうすると手土産を横にちょんと置いて、お父さんもいい歳なんだからってな感じで始まるわけだ。そりゃあまあ、体の心配をしてくれるのは有り難いんだけどね、何か下心があるんじゃないかって思ってしまう」
話を聞きながら雅治は頭の片隅に三十代後半の女性の顔を思い浮かべた。丹波の娘とは二度ほど面識がある。
「至れり尽くせりの病院でもって大げさな検査をして、どこかへ出荷されてしまうんだろうか、ねえ?」
「おやじさんならA5ランクで扱ってもらえるでしょう」
「それなら結構」
と丹波は咳払いしながら笑ったあと、奥の部屋からDVDを取ってきた。
雅治が注文した通りのものなのかどうかはわからない。だが、ただならぬ雰囲気だけは読み取れる。
「すみません」
面目なさそうに雅治はそれを受け取った。
「私はね、つくづく孫が可愛くて仕方がないんだよ。それと同じくらい娘も可愛い。うん、みんな可愛い家族だ」
丹波の言わんとするところが雅治にもよくわかる。自分自身に問うまでもなく、ほぼ似たような気持ちを共有しているはずである。
美羽が可愛くて仕方がない──そう思う。
「野暮なことを言うつもりはないよ。今の世の中は得体の知れない性癖で溢れているからね。この私が言うんだから間違いない」
「俺は、とんでもないものを抱えているんでしょうか?」
雅治がつぶやいてから一拍置いて、
「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない」
と丹波はゆっくり返事をした。
思うままに転がればいい──雅治にはそう聞こえた。
「親を選んで生まれてくる子どもが、果たして居るものだろうかねえ」
「子どもは親を選べませんよ」
雅治は言い、口から鉛を吐き出したような気分になった。おまけに体もずっしりと重い。
良くないものに取り憑かれた時、こんなふうに肩が凝るのかもしれない。今はとにかくすっきりしたかった。
それじゃあ、と愛想もそこそこに雅治は店を出た。
外はすっかり暗くなっていたが、夜間営業の店舗の明かりがあちこちに灯っており、魅惑的な光をらんらんと放っていた。
料金さえ払えば人妻だって買えるし、現役の女子高校生を指名できる風俗店もある。
けれども今日はやむを得ず帰路を行くことにした。