歪な氷雪-11
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またあそこに行ってみるか──と思い立ち、会社で残業を終えた雅治はまっすぐ『万博書店』に向かった。
店内に入ると、丹波直樹はいつもの定位置でテレビに興じていた。その白髪混じりの側頭部に雅治が声をかける。
「こんばんは。相変わらず繁盛しているみたいですね」
お世辞ではなく、実際に客は多かった。
「これもオリンピックの恩恵なのかねえ」
という丹波の冗談に、雅治が白い歯をのぞかせる。
「とりあえず、これ」
雅治はまずDVDを返却し、それから迷いの色を顔に滲ませた。
「ひょっとして、ソフトの内容がまずかったのかい?」
「いいえ、それはないです」
「それじゃあ、とうとう美羽ちゃんに見つかっちまったとか?」
丹波に内心をほじくられ、雅治はますます言いづらくなった。直球を投げるべきかどうか迷っているのだ。
そこへ男性客が一人、商品を手にしてやって来た。
「ああ、どうぞ」
雅治は一歩退いてスペースを譲った。見れば男性客はアダルトグッズの箱を堂々とカウンターに置き、買って当然だと言わんばかりに紙幣を添えた。
ここはそういう店なのだから彼の行動は間違っていない。男一匹という言葉が似合いそうだなと雅治は思った。
「時々いるんだよ、あんなふうに潔(いさぎよ)く買っていく客がね」
先の男性客が帰るのを見届けて、丹波は雅治に耳打ちした。
「まあ、インターネットっていう便利な代物があるわけだし、こっそり買うならそっちのほうがいいに決まってる」
この台詞にはため息が混じった。
雅治も同感だったが、とりあえず苦笑しておいた。
「じつは、ひとつお願いがあるんですけど」
妙にあらたまって物を言う雅治に、
「うちの店で事が足りるんなら、遠慮なく言ってくれ」
と丹波は気前よく言った。店主と客の間柄とはいっても、お互いの家庭の事情までよく知っている。
雅治は、これこれこういう感じのDVDを貸して欲しい、と気恥ずかしそうに言った。
これによって丹波との関係がぎくしゃくしたものになったとしても、その程度の付き合いだったというだけのことだ。
それこそ『万博書店』がブルセラショップをやっていた頃からの縁である。
そんな黄金時代とも言うべき月日も長くは続かなかったが、いい夢をしこたま見させてもらったと雅治は思う。