歪な氷雪-10
5
翌日も、そのまた翌日も、父娘の距離にさほど大きな変化は見られなかった。あるいは、そのように装っているだけだとも言える。
雅治は相変わらず娘の私物に興味を持っていたし、美羽のほうは首を傾げる回数が増えていた。
そして雅治が歩み寄ろうとすると、つんとした態度で美羽が心を閉ざす、このあたりも今まで通りである。
こんなに大事にしてやっているのに──と娘の見事な容姿を眺めながら雅治はいつも悩んでいた。
親子という壁に阻まれれば阻まれるほど、雅治の愛情はあらぬ方向へと曲折していくのである。
妻の美登里が生きていたころには微塵にも感じていなかったこの気持ちは、熱を伴う病のようだった。
全身のあちこちに病巣があり、治癒と再発をくり返しながらやがて蔓延していくのだ。
猟奇的に気持ちが高ぶることもあれば、暗闇の底へと突き落とされることもある。
いずれにせよ、こんな性愛を娘になすりつけることなどできない。
嫌われたくない──それがすべてだった。
会社にいても、家にいても、雅治はそのことにこだわり続けていた。
オリンピック・イヤーだからといって、明るい年になるとは限らない。ある日突然、不幸が降りかかることだってあるのだ。
美登里の時がそうだった。かつてモーグルの選手として活躍していた美登里は、その高度な技術を買われてオリンピック出場の切符を獲得していた。
ついでに言うと美少女でもあった。
彼女は夢の舞台で見事に結果を残し、いちばん良い色のメダルを日本に持ち帰った。
それから数年後には現役を退き、輝かしい経歴とともに江國家に嫁いだ。
間もなく長女の美羽をもうけると、家族三人でスキー場へ足をはこんだりもした。
そこで美登里は事故に遭ったのである。美羽がまだ三歳の頃で、たまたま別行動を取っていた雅治一人だけが事故に巻き込まれずに済んだ。
「雪崩が起きたんです」
と現地の人間から聞かされた時、雅治の視界からは光というものが消えていた。妻と娘を同時に失ったと思ったからだ。
「ただですね、お子さんだけは奇跡的に無事でした」
別の誰かに慰められ、雅治はようやく顔を上げることができた。それでも簡単に飲み込める話ではなかった。
「奇跡的に」という台詞は、被害者全員が無事だった時にこそ使うべきではないのか。あるいは死んだ人間が生き返ることを奇跡と呼ぶのではないか。
「妻はどうして……」
言いながら相手の胸ぐらを捻り上げたところで、雅治はふたたび肩を落とした。
この世にほんとうの奇跡などあるわけがない、と悟ったのと同時に、小さな希望の光が脳裏をよぎったのだ。
美羽は生きている──。
おそらくあの日から、不適切な感情が自分の中に芽生えていたのだろう。
それはきわめて稀(まれ)な感情なのか、それともありふれたものなのか、よその父子家庭の内情が気になるところではある。