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吉原昼景色
【歴史物 官能小説】

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第一話 尻稽古-1

 八百八町と言われる江戸。吉原はそのやや北側、田畑の広がる下三谷に浮島のごとく存在する色里。周囲の緑と はかけ離れた紅殻色を基調とした妓楼が建ち並ぶ遊里。規模は二万坪で浅草は浅草寺の敷地のおよそ二十倍。これはもう日本一の遊郭である。 稼ぎ時の夜ともなれば惜しげなく灯火を連ね見世の遊女を妖しく浮かび上がらせる。清掻(すががき)という三味の音が調子よく響いて客の気 分を盛り上げる。

そ んな吉原で一番とまではいかないが相撲でいえば関脇という格付けの妓楼「豪丸屋」、その二階。昼九ツを過ぎた頃(午後一時頃)、明るいう ちから嬌声が聞こえていた。昼見世といって、おもに夕方の門限が厳しい武士を相手にした遊里の商いだった。

「ああ……っ。わちきは、もう、気をやってしまいそうでありんす」

遊女、唐橋の熱い声が漏れる。組み敷いていた客のお武家はここをせんどと腰の打ち付けを速める。唐橋の身体が 弓なりにせり上がる。

「あ……っ。く……っ! おおっ…………」

遊女の切迫した声に合わせ、客は盛大に精を放つ。





 事を遂げ満足したお武家を送り出すと、唐橋は避妊のために秘所の奥にひそませていた丸めた和紙を取り出し、 先ほど放たれた男の白濁液を処理した。彼女の頬は赤かったが、それは快感の余韻ではなく、過剰な嬌態を演じたがゆえのものだった。その芝 居巧者な女の部屋の前、磨き上げられた廊下を派手な羽織の男が通った。

「おや、歓八さん。こんな明るいうちから珍しいねえ」

唐橋に声を掛けられた男は羽織をふわりとなびかせて振り向くと、人なつっこい笑みを浮かべた。彼は幇間(ほう かん)の歓八。ここ吉原では、上客は遊女と同衾する前に酒席を設けるが、幇間はそこに侍り座を盛り上げる男。「たいこもち」「男芸者」と もいう。

「幇間のあたしがどうして昼日中ここにいるのか。それはね、タマと遊びたいからさ」

「タマといったら、霧橋姉さんの飼い猫じゃないか」

「そう。そのタマちゃんと遊ぶの。これでね」

歓八は懐からヒモの付いた短い棒を出して軽く振った。

「あんたの猫好きは有名だけど、かわいがるのは口実で、ほんとは猫から技を盗んでいるんだろう?」

「えっ? なんのこってす?」

歓八はとぼけてみせたが、彼は座興の芸のひとつとして猫の動きを演じてみせるのが得意だった。前足を舐めた り、手で顔をこすったり、四つんばいで伸びをしたり……。

「霧橋姉さんのとこへ行ったらさあ、こないだもらった最中の月おいしかったって伝えておくれ」

唐橋の頼みに歓八は快くうなずいた。

「吉原一の菓子舗、竹村伊勢謹製の銘菓『最中の月』。あれは旨い。男のあたしでも二個はいっちゃいますね。わ かりました。霧橋姉さんにはしっかと伝えておきましょう。また、あんたがおすそ分けにあずかれるようにね」

猫じゃらしの棒を振りふり背中を見せると、歓八は妓楼の二階を奥へと進んだ。途中で禿(かむろ。上級遊女に使 われる十歳前後の見習いの少女)とすれ違う。頭頂部で髪をきゅっとまとめ上げた姿がひょうきんではあるが愛らしくもあった。禿は歓八を上 目遣いで一瞥すると挨拶するでもなく軽くせせら笑って行き過ぎた。このふてぶてしさは遊女として大成する要因の一つかもしれなかった。


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