Taste-6
「調理に少し時間がかかりますので、もう暫くお待ちください。あと、これをセリス様に」
グラスと共に置かれた薄緑色の花瓶は独特の形状で、そこには青い薔薇が2輪生けられていた。
それが先程準備されたものであることは、薔薇の花弁が放つ光沢とみずみずしさで分かる。
「嬉しいわ。心遣いありがとう」
「気に入っていただいてほっとしました。セリス様は特に青い薔薇には昔から愛着があるということは聞いておりましたので」
やや頬を赤らめるカールの姿に目を細めながら、セリスは店の中を見回した。
「それにしてもこじんまりしていて、それでいて趣があって・・・無駄な装飾がないし、良い店だと思います」
「店を始めて2年になるんですが、それなりにご贔屓にしてくれるお客様も増えて、ぼちぼちやっています。
この店の地下にはデキャンダがあって、そこにワインを色々寝かせてはいるんですが、料理に応用できるだけでなく、ワイン自体を気に入ってくれる人も増えたんですよ」
それを聞いてセリス自身もそのワインというものを飲んでみたくなった。勿論ワインについて深い知識があるわけではないが、王妃として色々なパーティーに接した時に飲む機会が増え、味についても関心が出てきたところではあったのだ。
「ワインはこの料理にも味を染み込ませるのに使っていますし、それとは別に特製のワインもお出ししたいと思っています。セリス様は『貴腐ワイン』というものをご存知ですか?」
名前だけは、というセリスの返事に、カールは丁寧に説明してくれた。
貴腐ワインとは果皮がボトリティス・シネレア という菌に感染することによって糖度が高まり、芳香を帯びる現象により貴腐化したブドウから作られたワインで、通常よりも極甘口のものとなる。デザートワインや食前酒として飲まれる。
一見腐敗したかに見える外見からは想像しがたい芳香と風味のワインが得られることからそのように呼ばれるという――――
「分かったわ。そのワインも楽しみにしているから」
「承知しました。それでは」
水の入ったグラスと花瓶を卓上に置くと、カールは笑顔のまま跳ねるようにして奥へと引っ込んだ。
セリスに期待されていることが嬉しくて仕方ないという彼の気持ちが見ているだけで伝わってくる。
(・・・・ふふ)