6.幽囚-14
しかし突然、顔を仰向けるように頭を後ろに振られた。
「わっ――」
不意を突かれた。少しバランスを崩し、悠花の両手は空振りして前へ突き出す格好になった。そしてその両腕を掴まれる。
村本はさっき悠花の背後で尻もちをついていた際に、エアマットに隠していた物を見つからないように、ちょうど脚の間に置いていたのだった。
カシャッ。
金属音がするとほぼ同時に、両手首に手錠がはめられていた。
「は? ちょっとっ、何!? 外してっ、ちょっとっ!」
両腕を離そうとするが、手首どうしがくっついたままで一向に離れない。合わせ目にあるリングには、工事現場で見かけるようなトラロープがきっちりと結び付けられ、足元に垂れていた。目で追ったが、背中の向こうまで伸びている。正面の男から目を離すわけにはいかず途中で諦めた。
男は愚劣で変態な男ではあったが、どこかしら自分を尊崇するような思いを滲ませていた。だから、まさかこんなことをしでかすとは思わず、無意識のうちに油断していたのかもしれない。手首を捻ったり、引いたりしたが、力では一向に外れる気配はなかった。
「……ねえ、ちょっと。か、体に傷とかついたら、本当に困るの。外して。仕事できなくなる、から……」
少し声のトーンを落として、言い聞かせるようにもちかける。モデルはその身体が商売道具だ。普段の生活から不用意に傷や痣を負わないように注意を払っている。追ってしまってはプロ失格であるし、しばらく撮影の仕事ができなくなる。――そう、自分が雑誌やメディアに登場しなくなったら、この男だって嫌な筈だ。男の自分への妄執を逆手に取って、懐柔しようと考えた。
「ふふっ、力いっぱい暴れたりしない限り大丈夫だよぉ? ほら、内側は柔らかいでしょ?」
確かにがっちりとは留められて自由を奪っているが、手枷の内側はクッション素材になっており、手首に痛みはない。
「痕とかでも、困るの」
「だから、そんなに力いっぱい暴れなきゃ大丈夫だよぉ。そんなことよりぃ……」
全裸の中年男が膝をついて腰を下ろし、中途半端な正座で見上げてきていた。「悠花ちゃんのそのパンティ……、記念に欲しいんだけど、だめ?」
(……!)
さっきの下着への執着を考えると、ありえない要求ではなかった。縛られる前なら、軽蔑感を隠しもせず、男に口答えしたところだったが――しばらく考えた後、
「……う、うん。いいよ」
と言った。
「ほ、本当に?」
「う、うん。……あげる。あげるからさ、この手、外してよ、ね? 外してくれたら、め、目の前で……」さすがに交換条件とはいえ口に出して言うのは憚られたが、決心して、「目の前で、脱いであげるから」
村本はそれを聞いて、ニタァ、っと更に顔を緩ませる。内心その表情に身震いしながらも、これまでの冷たい睨んだ視線から、悠花は少し優しい視線で見下ろしてやる。
「そ、そのパンティ……、悠花ちゃんの履いてるパンティくれるんだね?」
「え、あ……、うん。あげる。あげるから……ね? はず……」
外して、と言う前に、突然村本が片方のブーツの足首を掴むと、もう一方の手で悠花の腰の辺りをグイッと押した。ヒールの高いブーツだったから、後方にバランスを崩すが、両手を拘束されている上に片足を掴まれているため、もう一方の片足だけでは重心を保ちきれなかった。よろけたところへ、急に抑えていた片足を離された。
悠花は短い悲鳴をあげて、背後にあったエアマットの上に弾んで倒れこんだ。