5.姿は作り物-7
「……結構、いい人っぽいですねぇ。マネージャーさん」
スチームアイロンを器用に使いながら、不意に店員が話しかけてきた。
「そ、そう……、ですか……?」
物思いから覚めた悠花は、鏡越しに店員に目を合わせることができず、自分自身の顔を眺めながら言った。
「そうですよぉ。何か、入ってきたときはビックリしましたけどぉ……。ああいうお客さん、来ないですからねぇ」
「……、ああいう……。……やっぱり、そう、思います?」
店員が「ああいう」と表現しているのが、男のどういった所を指しているか、当然分かった。
「あっ、ごめんなさぁい、こんな言い方しちゃってぇ……」
接客業なので、店員も自分が失言をしたことに恐縮している。
「え、ええ……。いいですよ。……。……、実際、あの人――、やっぱり……、見た目的には、あれ、ですよね?」
店員と会話することを避けていた悠花だったが、自分の素性はもう知れている。そう考えると、あの男が他の人間からみてどう見えるのか、あえて知りたくなった。
「えっとぉ」
「……いいですよ、正直に言って。どうせ、聞こえてませんし」
「うーん……。いい人そうなんですけどぉ……。ちょっとぉ、あのカッコは無いですよねぇ。似合ってないっていうか、んー、組み合わせが」
店員はスチームアイロンを捻って悠花の髪に緩やかなウェーブを利かせてボリュームを持たせながら、苦笑気味に言った。
「やっぱり、そう……、ですか」
「はい……。もうちょっと考えれば何とかなると思うんですけどぉ。……あの人、奥さんとかカノジョとかいるんですかぁ?」
「さぁ……」居るわけがない。「たぶん、いないと思います」
「ですよねぇ……。まあ、人は良さそうなんですけどぉ、あのルックスだと、ちょっとぉ。カレシとしてはキビシイかもですぅ。……あ、ホント、失礼なこと言っちゃってごめんなさいっ。――毛先にちょっとワックスつけますね」
ワックスで微調整しながら、胸元まで下ろした髪を仕上げていく。
そんな「キビシイ」男に……。
人はいいと店員は言った。どこが? ――あの男は自分を脅迫し、淫猥な要求を突きつけてきている脅迫者だ。あの男の卑劣さを思いっきり吐露し、救けを求めたかった。
「はいっ……、完了でぇす。ちょっと仕上がり確認しててくださぁい。何かあったら、言ってくださいね。わたし、ブーツ、持ってきます」
店員は言って、その場を去っていった。
(なのに……)
一人残された悠花は鏡の中の自分を改めて眺める。
なのに、自分は今からその卑劣な男に、店員の目から見ても「無い」男の、「自由」にされにいこうとしている。しかもわざわざ、男の指定した好みの服装に身を変えて、その男のためにこうしてヘアセットを整えて――
「今終わって、確認してもらってる所ですぅ」
店員が男に声をかけているのが聞こえてくる。
「あ、着てきた服だけど、袋に入れてもらっていいかな」
(……!)
あの男の手に服が渡ってしまった。これでこの店を出てからも、元の姿に戻ることはできない。
涙腺が緩みそうになった。だが男の脅迫が始まってから、一度も泣いていなかった。下唇を噛み、油断すればこぼれ落ちそうになる涙を堪えた。
――何があったって、何をされたって、どんな姿にされたって、泣いて屈するようなことはしたくない。
「もうちょっとだけ、待ってくださいねぇ。もうすぐ終わりますぅ」
そんな声がして、スウェードブーツを持った彼女の姿が鏡の中に見えると、悠花は顔を上げた。
ブーツに履き替えて立ち上がる。両足をずらし、高い腰に片手を添えて、肩を左右突き出しながら自分の姿を確認した。店員も見ているし、職業柄か自分の姿を確認するために、どうしてもこういった立ち姿になってしまう。
「すっごくいいですぅ! さっすがですねっ!」
背後で店員が歓声を上げた。