泥棒シンデレラ-1
まるでシンデレラのような魔法の時間を経て、私は帰路についた。
高科君と駅で最後のキスを交わして改札をくぐり抜けたら、幸せな時間を手離さなければいけない寂しさが込み上げて、涙が頬を伝った。
仕方ないの。だって、私は舞子だから。
高科君が心から大切にしたい、好きな人は私じゃなくて万優子だもの。
それがわかってるから。
奪い取る勇気はない。だからこんな卑怯な事をしてまで、一度きりの彼との幸せな思い出を作ったの。
明日には間違いなく高科君には万優子と私が入れ替わっていた事がバレてしまうだろう。
だけど、きっと、彼は万優子にそれが言えないだろうし、私も万優子に暴露するつもりはない。
私が残した爪痕は、きっとすぐに日常に埋没される程度の小さなものだろう。
明日からまた、私はいつも通り。
眩しい日向よりも隠れた日陰を選んで静かに生きる。それでいい。
電車に乗って駅に着き、パステルカラーのワンピース姿からいつもの地味な洋服に着替えて、メイクを落とし、使い捨てのコンタクトレンズを外し、黒縁のメガネをかけて、ネット予約した美容室に行き、髪を更に短くして黒髪に戻した。
魔法は解けた。
ガラスの靴なんてない。
残ったのは、結局寂しさだけだ。
自分自身が変わらなければ、なにも変わる事はないってわかってる。
魔法や都合のいい奇跡なんてこの世にはないもの。
わかってる。だけど、込み上げるこの寂しさや切なさは、どうにもならないの。
忘れたくない、甘く幸せな温もりの記憶を手繰り寄せ、もう、二度と味わう事ができないんだと悟って、泣く事しか出来ない。
惨めだ。だけど、きっとなにも無いよりはまだマシだ。そう思って、無理矢理笑ってみたら、大声で泣きたくなった。
家に着き、出迎えてくれた万優子は私を見て、大きな目を見開き驚いて、
「舞ちゃん! 髪どうしちゃったのっっ!」
短くなった私の髪を見て、心配そうに叫んだ。
「気分転換したかったの。髪も大分傷んでたし…」
小さく笑ったら、
「勿体無いなぁ…。凄く綺麗な舞ちゃんの黒髪に、私、密かに憧れてたのに…」
口を尖らせて万優子は拗ねた声を私に向けた。
「…そんな事より、高科君の事」
「あっ! そうだっ! 舞ちゃん…」
どうだった…? と言いたげな瞳で私を伺った万優子に、
「高科君は、万優子が凄く好きで、不安だったみたいよ。だけど、彼もわかってた。万優子が偽る事なくなんでも話してくれるのは、お互いの信頼の証しなんだよなって言ってた」
そう言って小さく笑んだら、
「秀明…」
万優子は、泣きそうな顔で彼の名前を呟いた。
「明日からまた駅で待ってるって」
そう万優子に告げて、私は部屋に戻った。