復讐やめますか? それとも人間やめますか?-8
―― 答えなど、決まっていた。
奇妙な泉の底で、ディキシスは五年間を過ごした。
部屋の外も鉱石木にずっと覆われ、複雑に枝分かれした道は、永遠に地の底まで続いているようだった。
泉の番人は、迷ったら二度と戻れないと警告し、安全な一部だけを教えてくれた。
不思議なことに、番人の姿は会うたびに違っていた。中身は同じ人物のようなのに、外見は年齢も肌や髪の色も性別さえも、会うたびに違う人間の姿をしている。
番人はディキシスの身体に何度も手術を施し、人ならざる能力をもつ魔物に対抗できるようにと改造をした。
不思議な光で壁に映像を映し出し、あらゆる武術を習わせもした。
最後に、満足のいくまでディキシスを鍛え上げた番人は、漆黒の剣をくれた。
そして目隠しをした、一人のハーピー少女を連れてきた。
『あげよう。このハーピーも、きみの武器だ。』
『この子が、武器……?』
鮮やかな極彩色の翼と髪を持つ少女は、目隠しをされたまま不安そうに震えていた。
『そうだ。あらゆる身体能力を引き上げ、闇夜で吸血鬼と戦えるよう、視力の改造もした』
『だって、そんな……!』
この五年間で、番人のやることは大抵が間違っていないと知っていたが、思わず食ってかかった。
これからディキシスがやろうとしているのは、とても危険な復讐だ。見ず知らずの少女を巻き込むつもりはない。
だが、今日は妙齢の女性の姿をしていた番人は、感情のない硬い声で告げる。
『五年間で、判明した。君が一人で望みを果たす確立は、限りなく低い。しかし、彼女を条件に加えれば、飛躍的に確立は上がる』
ハーピー少女の背後に回った番人が目隠しを外し、黄色の瞳がディキシスを真っ直ぐに見つめた。
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「!!」
声にならない叫びをあげ、ディキシスは目を覚ました。
「はぁ……は……」
嫌な汗が全身に噴出し、何度も肩で大きく深呼吸をする。生々しい過去が噴き出た夢の残滓に、心臓は激しく脈打っていた。
まだ夜明け前で部屋は暗く、隣ではレムナがぐっすりと寝こけている。
(……レムナ)
彼女を起こさないように、心の中で自分のつけた名前を呼んだ。
目をあけた彼女は、刷り込み効果でディキシスをたちまち盲愛した。
彼女は番人から自分の役割を聞いていたらしく、ディキシスの武器になると大張り切りだ。
それは番人の勝手な判断で、危険な復讐に付き合う義理はないと諭しても、絶対に離れようとしない。
(……レムナ)
色鮮やかな短い髪をそっと撫で、心の中でもう一度呼ぶ。
彼女に名前をつけてくれとせがまれて、何日も悩んだあげくに、ようやくつけた名前だ。
気に入ってくれるかと不安を抱きながら、思い切って『レムナ』と呼ぶと、とても喜んでくれた。
あんまり嬉しそうな笑顔に、ディキシスまでつい嬉しくなってしまった。
レムナが刷り込みではなく本当に自分を愛して、自分も彼女を愛していると、錯覚しそうになるほど……。
「う……」
小さな声と共に、黄色い瞳がパチリと開いた。
ディキシスは慌てて手を離し、そっぽを向く。自分のシャツを手早く着ると、昨夜、脱ぎ捨てたレムナの魔道具たちをかき集めて渡した。
「早く着けろ。すぐに出発だ」
「うん」
昨日の一件で、ディキシスとレムナは指名手配犯となっている。隣国との吸収合併が落ち着くまでは、諸外国でも追われるだろう。
しばらくはおとなしく隠れ暮らすのが一番だが、そうのんびりもしていられない。
逃げた吸血鬼が近隣諸国に拡散したおかげで、各国で討伐隊が組まれるそうだ。
討伐隊に先を越され、キルラクルシュの大事な手がかりを殺されてしまっては困る。
「……まだ、半分だ」
復讐は、まだ半分しか済んでいない。
血税を吸って肥え太ったダニは潰しても、諸悪の根源はやはり吸血鬼たちで、彼らを率いていたのは、女吸血鬼キルラクルシュだ。
濡れたようにつや光る闇色の髪をもち、感情の抜け落ちた顔に、胡乱な赤い瞳を淀ませていた吸血鬼を、必ず見つけて殺す。
それまでは決して立ち止まれない。余計な感情は殺せと、自分に言い聞かせる。
―― 人間でいることよりも、復讐を選んだのだから。
身支度を終えたディキシスは、壁に立てかけた漆黒の剣を取り、もう一つのかけがえのない大切な『武器』を呼んだ。
「レムナ、行くぞ」
終