とある日常【悠久の王・キュリオ】編 アオイの初めて\-1
「お兄さんの瞳、お色が変わるんですね。今はとても綺麗な赤い色をしています」
アオイに柔らかな笑みを向けられ、青年は眩しそうに目を細めた。
「どっちの俺が本当だと思う?
黒い瞳の俺と、赤い瞳の俺と・・・」
「・・・?どちらも本当のお兄さんじゃないんですか?」
「そうだな・・・聞き方を間違えた。
お前は悠久にも多い、黒い瞳の俺がいいか?
それとも・・・この血のように赤い瞳の俺が好きか・・・?」
「・・・んと・・・」
アオイはしばらく男の瞳を見つめたまま口を閉ざした。
小さいなりにちゃんと考えている様子がうかがえる。
「一番素敵なのは、生まれもったその人の純粋な色だと思います・・・
お兄さんの赤い瞳はとても綺麗で・・・お言葉にはお父様とは違った優しさがあって・・・お父様が刺(とげ)のないピンクの薔薇なら・・・お兄さんは刺(とげ)のある赤い薔薇かなって・・・・えっと・・・・」
「お前・・・」
青年は驚いたように目を見開きアオイを見つめている。
やがて・・・その瞳は嬉しそうに輝いた。
「あぁ、悪くない表現だな。
まだ刺(とげ)に慣れてないお前を貫くのはこの俺だ」
「・・・っ!」
幼い少女がドキリとするほど色気のある眼差しを向けられ、
アオイは恥ずかしさに男の腕の中で小さく身じろぎした。
「お兄さん、も・・・もぅ一人で歩けます・・・おろしてください」
「・・・聞こえないな。
このままキュリオに俺達のことを見せつけてやるぜ」
アオイの頭上から楽しげな男の笑い声が聞こえる。
(お兄さん楽しそう・・・でもお父様にはあまりよくないことのような気がする・・・)
アオイのたった数年の人生経験の中で、父親であるキュリオが不機嫌になる場面がなんとなくわかってきた。それはほとんどが自分に関係することで・・・
「自分で歩けますっ!!だめ、おろして・・・っ・・・」
すると・・・
バタバタともがくアオイの視界に見慣れた姿がうつった。
「・・・姫様っっ!!」
声のしたほうへ視線を向けると敵意をむき出しにした城守(しろもり)のカイが、
ギラつく己の剣を引き抜いて素早く間合いを詰めてきた――――――
「おのれっ!!貴様ぁああっ!!」
泣いたあとのあるアオイの赤い瞳、おろしてくれともがくその少女を抱える男の姿は・・・幼い姫を連れ去ろうとしている"敵"以外の何者でもなかった。
「違うのカイッ!!だめ・・・っ!!」
激昂(げっこう)したカイの耳にアオイの声は届かず、アオイの身長よりも大きな剣は男の首を狙って高く振り上げられた。
「はぁぁああああっっ!!!」
「・・・・」
その様子を横目で見ていた青年は、右手でアオイを抱え直すと・・・うっとおしそうに左手を振り上げた。
カイの剣と青年の左手が触れた瞬間・・・
目に見えぬ爆風がカイの体を吹き飛ばした。
「・・・ぐっ!!・・・なにっ!?」
カイが体勢を立て直す間もなく、青年の二撃目が目の前に迫る――――・・・
ギラリと光るその左手には銀色に輝く鋭い爪がオーラを纏いながら彼の手を覆っていた・・・
「ま、まさか・・・その爪は・・・」
カイがとんでもないものを見るように目を見開くと、己を突き刺すような男の残虐的な紅の瞳が一瞬ひるんだ。
「ごめんなさいお兄さん、カイを許して・・・っ・・・」
男の胸元にしがみつき、必死に許しを請うアオイが小さく震えて涙ぐんでいる。
「だから他の男のために泣くなと・・・」
小さなため息をつき、男は輝く左手の爪をおさめながらアオイを優しく抱きしめた。
「ったく、ゆっくり歩くなんてのは悠久(ここ)じゃ無理か」
「きゃっ」
半ばあきらめたように青年はゆっくり地を蹴った。
ふわっと浮き上がる感覚に、アオイはきゅっと目を閉じている。