4.無知の罪、知の虚空-7
怪訝に思うが、男を見ることはできなかった。
「……何?」
「グ、グズグズ、してて、いい、のかなぁ? あ、あまり、ここに長くいると、こ、困ったことになるのは、悠花ちゃんのほうだと思うけどぉ」
「……」
言われてみればそうだ。男からは、誰かに見咎められて騒ぎになっても別にかまわない、くらいの意志が感じられる。
男と自分、どう考えても失うものが多いのは、自分だ。
「そ、それにぃ……、い、いつでも、が、画像を公開できる状況にある……、ってことを、わ、忘れてもらっちゃ困るよぉ?」
「くっ……」
罵声を浴びせてやりたかったが、何も言うことはできない。いつまでも頑固に目を逸らしていることは、悠花にとって不利な材料が多すぎた。
「……わかったわよ。見ればいいんでしょ?」
別に処女でもないし、男の陰部を見たところで、何か身が危うくなるものでもない。汚らしい物を見たいわけではないが、見たからといって、それが何だというのだ。
(『心を無に』して……)
男と対峙する際の心構えを、自分の中で再確認し、顔を上げた。
ジャケットにセンスのないシャツ、ベルトの絞られたチノパン姿は相変わらずだ。ただ、仁王立ちしている男の体の中心……、開いたジッパーから勃起しきった男茎が真上に屹立していた。最大まで張り詰めていることもあるかもしれないが、悠花が今まで垣間見てきた男性に比べて、長さや太さも一回り大きく見えた。亀頭が大きく、エラの縁が深い……が、その首周り下あたりに集まる皮膚がふくらんでいる。恐らく仮性包茎なのだろう。悠花もそのような男茎が存在する、らしい、くらいの知識は持っていた。
それだけでも十分異様な光景だったが、それだけなら、冷静に、いや冷淡に見ることができた。
サングラス越しのせいで見間違えたか、と思い、もう一度確認したが、どう見ても男茎はコンドームを被っていた。ここに入ってから、付けた気配はなかった。
村本は禁欲生活の中、悠花とメールを取り交わし電話で話す間、いよいよ実際に会うことになったら、いつ何時暴発してしまうかもしれないと危惧し、朝出る時からコンドームを装着していたのだった。馬鹿げていると自分でも思わないではなかったが、今となってはしていてよかったと胸を張って言えた。勃起しっぱなしだったから、萎えて外れてしまう心配など不要だった。電車で上野に向かっている途中や、悠花と対面を果たした後であっても、周囲の者に見られる状況で、チノパンの前面に射精シミを作ってしまっては、事件になって計画が台無しになったかもしれない。
「ちょ……、何、ソレ?」
悠花は驚いたような、呆れたような、どっちともつかない言い方になった。
「くふっ……、こうしておけばぁ……、出しても汚したりしないから、は、悠花ちゃんも安心でしょぉ?」
それはその通りだった。男の体液で万が一身を汚されたら気が狂いかねない。
「どぉ? ……お、俺のオ、オ、オ……、オチンポ。は、悠花ちゃんの、好みの感じ、かなぁ?」
「ばっかじゃないの? 気持ち悪いし、汚いとしか思えないんだけど」
いちいち聞いてくるところに頭の悪さを感じ、強い軽蔑を覚える。
「はあっ……、じゃ、悠花ちゃん……」
膝を曲げ、中腰になって、両手で男系の根元を摘まんだ。「これで、ズレたりしないからねぇ? あらためて、せ、『宣言』をしてもらえるかな?」
根元を抑えていても、一定間隔で脈動のために亀頭の先が前後に動いている。
「……今日は、瀬尾悠花の、……」途中で大きなため息をつき、「カラダを自由にしてくれてかまいません」
すべて棒読みで言った。
だが、そんな言い方でも「自由にしてくれてかまいません」のくだりで、ビクビクッと亀頭部が跳ね上がった。そして悠花の目には、コンドームの中で亀頭の先端から夥しい透明液が噴出して、精子溜りをぷっくり膨らますが、張力を失ってコンドームと男茎の間に滑りながら流れ落ちていくのが見えた。