あんずの花-3
「大城先生、よろしくお願いします。」小夜子も涙ぐんでいた。
「さあ、お二人さん。後はお二人さん次第。実は少しね、千恵君のご主人について調べさせてもらったけど、ひどい人だ。望むなら、調停でも裁判でも行うと良い。こちらに圧倒的な分がある。ただし、離婚前に一緒に暮らしたりしては不利になるから駄目だよ。」大城は話した。
「小夜子さん。」千恵は小夜子にお礼が言いたかった、と同時に何がどうなっているのかが飲み込めないでいた。
「先生に任せなさい。大丈夫よ。」小夜子は千恵の手を握った。
「皆さんごめんなさいね。湿っぽくなっちゃって、今日は千恵ちゃんの門出だから好きなだけ飲んで!全部お店のおごりです。」小夜子は千恵の事を客に説明した。
大城は二人に様々を話した。千恵が離婚を前提にするなら、全ての代理人も引き受けてくれること。いったん何処かにアパートなどを借りて別居する事、居場所は旦那に絶対にバレない様にする事、千恵が数回の調停に出席する事、離婚が成立するまで二人の関係がバレてはいけない事、・・・・・二人は全てを約束した。
麻実が連れて来た不動産屋の意味が解った。千恵は自分の住所を幽霊アパートに移す事を即座に決めた。彼はすでに諏訪湖の近くにマンションを借りていて、二人が生活するのに快適な空間は整っていた。
バン・プラのエンジンが始動して、千恵の家に急いで荷物を取りに帰る。麻実が車の名前を聞く。
「バンデン・プラス・プリンセス。」
「素敵な名前。」麻実は手を振った。車が走り出す、リアガラスに彼の肩に頭を乗せて寄り添う千恵の後ろ姿が見えた。澄み切った幸せをイラストに描いた様にも見えた。
千恵の旦那が家に帰る頃、部屋の明かりは消えていた。「仕事か?」旦那は携帯を鳴らす。台所で千恵の携帯は鳴った。タンスの中からいくつかの洋服も無くなっていた。旦那は携帯を投げつけた。其の頃、既にバン・プラは富士川沿いを北上していた。千恵の旦那は知人に電話を掛けまくったが、誰一人として千恵の事を話す者はいなかった。
秋になり諏訪湖の畔は肌寒く感じる頃、千恵の離婚調停は始まった。当初旦那は出頭せず、困難が予想されたが、私生活の態度や千恵に対するあり方が明らかになると調停委員は千恵の話しを良く聞いた。年の瀬が迫るある日、調停により離婚をもって和解となった。途中で旦那の「男だったらぶっ殺すからな!」と脅迫が何度もあったが、空しく離婚が成立した。
諏訪湖に除夜の鐘が鳴り響くとき、千恵は彼の腕の中にいた。
「今年も終わっちゃうね。」
「色々あった一年だったなー。」
「今年もご苦労様でした。どんな年だった?なんだか初めての時を思い出す、懐かしい。あの日みたいに今日も抱いてね。」千恵は両手を広げ彼に抱きついていった。彼を自分の上に乗せる。
「いい?始めるよ・・・」千恵は両足を広げ彼を自分の中に入れていった、千恵がなすままに彼は身をまかせ、幸せを感じながら二人は融ける様に何度も愛しあった。
あんずの花が咲く頃、彼は実家に帰り、両親に千恵を紹介した。今までの苦労が報われる様に、千恵の幸せの未来が始まった。