第八話 最終回 想いの届く夜-1
最八話 最終回: 想いの届く夜
1.
オーストラリア旅行から帰った先生と師匠。さすがに疲労が溜まり、2日間は、大人しく家に篭っていた。
浅草の観音様に、帰国のお礼参りをしようという師匠の提案。
日が落ちて、墨田川から涼風が流れてやや過ごしやすくなる時刻に、相変わらず目立たないように少し離れて、それぞれにお参りを済ませる。
待ち合わせの駒形橋袂の泥鰌料理屋に、先生が一足早く到着して、師匠を待っている。
かつては、庶民の手軽な食材であった泥鰌も、田んぼから姿を消して久しく、今は養殖もの。珍味として値段のほうも安くない。
座敷に場所を取り、なべを注文してようやく湯気が上がるころ、師匠がやって来た。
「先生、お疲れ様でしたねえ」
「師匠も、お疲れ様。僕は海外に慣れているけれど、師匠は大変でしたでしょう?」
「いいええ、先生とご一緒でしたから、楽しかったですわ。本当に有難うございました。いい冥土の土産になります」
「冥土の土産はまだ早いですよ、いつかアルゼンチンにも行ってみないと」
「ブエノスアイレスで、踊ってみたいですねぇ。夢みたい。行けるかしら」
「元気でいれば、必ず行けます。お互い、健康が勝負だから、アルゼンチン目指して頑張りましょう」
「では乾杯」
泥鰌なべは、薄い鍋に身が一列に並ぶ。これを取り皿に取って、刻みねぎを山盛りにして食べる。
昔に比べると、上品になったのか、泥鰌が高騰のためねぎで嵩上げしているのか。もっと、泥鰌たっぷりの鍋が食べたい。
「師匠、今日は僕の家に来てください」
「あら、先生よろしいんですか?」
「まあねぇ、上さんに義理立てして師匠には遠慮をして貰っていましたがねえ、今の僕は師匠あっての僕だから、師匠にも義理があるわけだ。今日はその積もりで、観音様にもお願いをして来ました」
「観音様は、何て」
「いいですよって言ってた」
「何かあやしいな」
「まあ、そう言うわけだから、今日は、僕の言うとおりにして下さいな」
「いつも言う通りにしてないみたいに聞こえますけどぉ」
「そんなに、苛めないで下さいよ」