1.過去は消えない-8
梨乃は声をひそめ、悠花にだけ聞こえる声で「どうしても、お金が必要なんだ。お願いっ、ね?」
「……」
悠花の返事を待たずして、梨乃は男へ振り返った。
「ヌイたらちゃんと払ってよね」
了承の意を伝え、それでも表情はイヤイヤ感を露骨に出しながら、尻をずらしてカギ型のソファの端まで身を寄せた。
「ふっ……」
またスナック菓子をクチャクチャと不快な音を立てて頬張りながら、男は開いていた足を更に開いて股間を開放した。
「んじゃ、さっさとするから、出しなよ」
「あ? お前が取り出すんだよ」
梨乃は舌打ちをして、素っ気ない手つきで股間に手を伸ばし、ズボンのファスナーを摘んだ。
(……何……、何なのよ、これ……。嫌だ、もう、帰りたい……)
組んだ足に頬杖をつき、つまらなそうな態度を保ち続けていたが、梨乃が本当に男の股間に手を伸ばしたのを目の当たりにすると、不潔感や軽蔑を、男だけでなく梨乃にも覚えた。すでに梨乃は男の前を開け放ち、その中へ指を入れている。
「ちょ、くっさ! ちゃんと洗っとけよっ、ハゲッ……!」
開いたズボンの前から、どす黒くくすんだ男茎が取り出され──、悠花の視界に映り込みそうになった瞬間、
「……ほら、マキちゃん、ちゃんと見て? 俺がシコシコされてるとこ。ちょっとハズカシクなってきちゃったのかなぁ?」
からかうような言い方をされて、何故こんな男に上から物を言われなければならないのかという憤りに、
「別にそんなきったないの、全然平気。見せて喜んでんの? キモい上に…」
悠花は「バカじゃん?」と言おうとして、そこまで言葉が継げなかった。
梨乃がなるべく多く触れないように、三本の指でしか使わずにしごいているモノ……。幹が太く黒ずんだ亀頭には白く薄っすら垢シミか何かが斑模様を作っていた。でっぷりとした体躯から生えていると、短いようにも見える。グロテスクだった。ボーイフレンドの男茎を見たことはあった。しかしこうした状況下で見たことはなかったし、何よりカナダで体を許した、端正でスマートな体型をしていた相手のソレと色も形もあまりにも違い過ぎた。見ているだけで吐き気がしそうになる。頬杖をついたポーズは崩さなかったが、そのまま目線を男の股間から逸らした。
「んっく……、マキちゃんはこうやって、男の人のオチンポ、シコシコしたことあるかなぁ?」
男は梨乃に無造作にしごかれながら、絶えず悠花の方を向いていた。
「……こんなことしてたら、お店の人に通報されない?」
「大丈夫。店員にはさっき金握らせてるからさ。だいたいこのカラオケ、金さえ出せばこういうことオッケーのとこだから。今頃さっきの店員もこの部屋の様子、防犯カメラで見てるんじゃん?」
「……」
人に見られているのに平然としている男の神経が疑われた。しかし逆に言えば、男の神経は、女子高校生とこういう場所でいかがわしいことをするという誘惑の前では、羞恥心や後ろめたさは全くないのだ。
「ちょ、いつまでこんなことさせんの? もう、手首超痛いんですけどぉ?」
梨乃が不機嫌そうに言った。
「しゃぶってくれたら、マキちゃんの見てる前でイッてやるけど?」
「ないない、マジでない。こんなくっさいチンコ、誰がしゃぶるかって」
先ほど3万円と提示されているから一瞬考えたようだが、さすがの梨乃も手の中に握っている不潔な男茎を口に含むのは躊躇われたようだった。