第六話 海外旅行-3
3.
「マッスグニ、ススンデクダサイ」
片言の日本語を話す通関係官の訛った日本語を聞き流しながら、師匠はバゲージをコロコロと押して出口に向かいます。
いつも海外旅行で味わう不安と期待の入り混じった精神状態も、先生と一緒だと親船に乗った気分で、楽しさだけが胸に膨らみます。
「さっきは好かったわ」
師匠はつっと身体を寄せて、先生の耳元にささやきます。
「僕だって、」
先生は師匠の先に立ち、バゲージを引いてタクシー乗り場へ通じる自動ドアを通り抜けます。師匠は横に連れ添っています。
すでに黄昏の近づいた空港は、駐車場を照らす水銀灯が、チラチラと瞬き始めました。
ユーカリの梢の陰に、オレンジ色の残照が、名残り惜しげに佇んでいます。
(とうとうオーストラリアに来たのね)
初めての海外旅行に、先生と連れ立って降り立ったオーストラリアの大地。師匠は胸が一杯になります。
南氷洋から流れて来た爽やかな空気の匂い、抜けるような空の深さ。
先生のほかに誰一人知るもののいない遠い国に降り立って、開放感と共に忍び込む心細さが、いっそう先生への思慕を募らせます。
タクシーは、左右にゴルフ場の広がるサザンクロス・ハイウエイを走り抜けて、シドニー市の中心街に入りました。ラッシュ時間を過ぎた通りを、ウインド・ショッピングの市民が、ゆったりと散策を楽しんでいます。
タクシーはスムースにメイン・ストリートを走り抜け、やがてハンドルを左に切るとリージェント・ホテルの車寄せに止まりましたた。
二十四階の部屋は、左手にシドニー湾を望み、ハーバーブリッジのアーチに沿った照明の光の列が水面に映えて、生き物のように波間を走ります。
その直ぐ右手に、オペラハウスの貝殻状の白い屋根が、すでに漆黒の夜空にライトアップされて、浮き上がって見えます。
「素晴らしいわ」
師匠は、窓辺に立つと感嘆の声を上げました。
「僕は世界のあちこちを見て来たけれど、結局シドニーが一番好きですねぇ。いつもそれを確かめるために、旅行をしている様なものですよ」
先生は、師匠と並ぶと、腕を肩に回しました。師匠は、先生に顔を向けると、唇を突き出して目を閉じます。 先生の胸に、師匠のむっちりとした乳房が溢れます。
「抱いて」
唇を外すと、師匠は先生に頬を摺り寄せて、耳元にささやきます。
「今日は疲れているから、休んだら、・・・さっきやったばかりじゃないか」
「あら、アレはオントレでしょう」