オーディン第二話『コート』-1
一本の木の下に、狼とその飼い主がいた。
「あの時の事…覚えてるか」
ウエスタン風の格好をした飼い主は、狼の頭をなでた。
カチャッ
黒いロングコートを着た男が白衣の男に銃を向けた。
明かりのないビル群を月がやさしく照らしていている。虚しいほどに音がなく、音といえば時より聞こえるビルの崩壊音ぐらいだった。
とても広い部屋にある、大きな机を前にして、二人の男が対峙していた。窓の外の満月が、二人を照らしている。
「私を殺してどうなる」
白衣を着ている眼鏡の男がそう言った。フードを被った男はそれに即答する。
「関係ないね」
「…そうか、奴らしい人選だ、とはいえ、私もただじゃやられんよ」
白衣の男は眼鏡を外し、それをゆっくりと机に置いた。そして胸ポケットから注射器を取りだしそれを自分に、刺した。
白衣の男は一瞬苦痛で顔を歪めるが、それはすぐに笑顔になった。
「はは…私の命を狙った事…死んで後悔するのだな」
ダンッダンッ
コートの男はためらう事なく撃った。狙いは正確で左胸と頭を貫通した、はずだった。
白衣の男の笑顔は変わらなかった、何もなかったかの如くそこに立っている。
「チッ」
「嘆くことはない、力の差がありすぎたのだ」
カチッカチッ、頭と白衣の中から弾が落ちた。
「さて、どう“治療”するかな」
コートの男は、ゆっくりと近づいてくる白衣の男を数発撃った。しかし弾はあたる度にポトポトと落ちる、二人の距離は確実に縮まっていった。
「出直すか…」
反転し、コートの男はその部屋を脱出した。勢いよく飛び出した大きな扉は、小さくなっていく。
ズルズルズル、背後から何か床を引きずる音がした、コートの男が振り返ると、四匹の大蛇が物凄い速さで迫っているのが確認できた。男はコートからもう一丁銃を取り出すと、立ち止まり、撃った。
一瞬のうちに大蛇たちの頭が吹き飛んだ、男は拳を小さく握る。
首なしの蛇はそれでも動いていた。上に下に意味のない運動を繰り返す、そしてそれが止まった時、気がついた。
すぐ近くに白衣の男が立っている事に。
「私からは逃げられないよ」
コートの男は一歩ずつ後ろへ下がる、それにあわせて白衣の男も一歩ずつ前に進む。
コートの男が軽くステップをして反転した。ぶつかった。
コートの男は反射的に後ろにとび、二丁の銃を構える。
ぶつかった相手は、同じモデルのコートを着た人物で、同じくフードを被っていた。
「…おかえり」
二丁の銃をしまいながら男が言った。もう一人が答える。
「ただいま……次、頑張れ」
それを聞くと、銃をしまった男は黙って道をあけた。もう一人の男は、堂々と片面ガラス張りの廊下を歩く。
「“天使”が一匹……さてと、やるか…頼むぞ、ストームブリンガー」
男は腰から剣を抜くと、“天使”にむけて走った。動かない蛇の上を跳び越え、剣を斜めに振り下ろした。
白衣の男は反りかえり、紙一重でそれをかわす。男は振り下ろした剣を、そのまま横に流れるようにして白衣の男に斬りかかった。
「何度見ても綺麗だ」
剣を握った男がそうつぶやいた。
男の前には白くて大きな翼があった、それは白衣の男を守るようにして存在する。
「神に背くやからよ、神に代わり、この私が粛清してやろう」
翼の中から声が聞え、翼はゆっくりとひろげられた。出てきたのは羊の顔をした奇妙な生き物だった。赤く光る目が剣を握る男を睨みつける。
「俺がお前を天国に送り帰してやるぜ」