それぞれの道1-26
彼の腕の中でワンワン泣き出したあたしは、“はい”とうまく言えなくて、代わりに何度も頷くだけだった。
そんなあたしの背中をポンポン叩きながら久留米さんは、
「なあ、指輪つけてみて」
と耳元で優しく囁いた。
「ん……」
何とか頷くと、彼はそっと身体を離す。
手のひらに乗せた細い銀色のリングは、ダイヤがキラキラ輝いていた。
シンプルなデザインのそれをこの人はどんな顔して買ったんだろうか。
それを想像すると、嗚咽を漏らしながらも顔が綻んでくる。
あたしは、ゆっくり手のひらの上の指輪を右手の人差し指と親指でつまんだ。
銀色はあたしが持ってるシルバーリングよりも、ずっとずっと白く輝いていて。
多分高価であろうそれをゆっくり左手の薬指に近付けていく。
初めてつけるエンゲージリング。
恋人から婚約者へとステップアップするんだと思うと、変に緊張してしまう。
あたしは自分を落ち着かせるために、フウと息を小さく吐いてから、一気に指輪を薬指に差し入れた。
……が。
「んん?」
指輪が思いの外きつくて根元まで入っていかない。
あれ、変だ。
指輪を一生懸命動かすけれど、それに伴って指の肉がムニュムニュ波を打つだけ。
焦りと共に首にジワリと汗が滲んでくる。
第二関節あたりから一向に進まない指輪とあたしは、しばし格闘を繰り広げていた。