僕らは知り合う-5
数秒沈黙して落ち着きを取り戻すと、
「缶コーヒーをくれたあの日からだよ…」
小島は僕の胸の中にしっとりと体を預けて、
「あなたには、他愛ない、うろ覚えの些細な行動だったか もしれないけどさ… 」
潤みを帯びた声で、
「上手くいかない毎日が苦しくて、ずっと独りぼっちで。どん底で溺れそうだったあの頃の私には、あの甘い缶コーヒーが涙が止まらないくらい大きな大きな心の救いだったんだから …。それなのにあなたは…」
あぁ…。思い出したよ。
入社してまだ間もない頃、社で唯一僕に世間話混じりに話色々とかけて来きてくれた人の事を。
だけど僕は人付き合いは苦手だからと、いつも曖昧に笑って謝って、相手を見る事も会話を続ける事もしなかったな…。
幾度となく笑顔で話しかけてくれたのに。 僕は、いつだって挨拶程度の謝罪と苦笑いしか返さなくて。
そうしてるうちに、あれよあれよという間に僕とは違ってどんどん実力つけて、部署で一目置かれる優秀な存在になって。
それでも、時々僕に話しかけてくれた。 だけど、僕は相変わらずの僕で。
だからいつしか、仕事を頼まれる以外は話しかけられなくなった。
どうせさ、僕に話しかけてきたのは、単なる気まぐれ、 暇潰し程度だろ…。
そう思うだけで、なんの歩み寄りもせず、小島さくらという人との関わりを始めとする人との関わりを遮断して、知らん顔、通りしてきた。
僕なんて居ても居なくてもどうでもいいだろ…。
それが僕の六年間だった事を、思い出した。
『あなたの事を少しでも理解したい、近付きたいって思う人からしたら、寂しくてムカつく』
それなのに、小島さくらという人はずっとずっとそんな気持ちで僕を見つめ続けていてくれたんだ。
『鈍感…バーカ』
「…本当、鈍感だ」
なんだか、呆れて笑いが込み上げた。
「鈍感だけど、好きだから…。入社して六年経った中で、 何気なくあなたに助けられた事が沢山あって繋がって、自信を持って仕事が出来てるのが今の私よ」
真っ直ぐに僕を見つめて、
「私に強さをくれてるのは遠山君なんだから」
照れくさそうに小さな笑みを見せた。 そんな小島を見たら、
「…ごめん」
僕は謝ると同時に再度彼女を強く抱き締めてた。
「許す」
小島も僕の背中に腕を回して、震えを帯びた声で呟いた 。
「ありがとう。ずっと見ていてくれて、本当にありがとう 」
僕は、居ても居なくてもいい存在じゃなかったんだ。それが分かって本当に嬉しかったんだ。
凄いな。僕は、6年も思われてたんだ…。
しばらく抱き締めあい、顔を上げて優しく笑う小島を見て、胸にじんわりとした熱を感じた。
「今度は僕から…キスしていいかな…?」
僕の問いかけに、
「一々聞くな…。男みせろよ、バーカ」
小島は、恥ずかしそうに膨れっ面をした後に、小さくはにかんだ。