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「……おい、孝太郎、聞いてんのか？」
「え？あ、あぁ……」
生返事をする彼に、椎奈はますます腹を立てたかのように、しかめ面をすると、
「っとに、絶っ対聞いてなかっただろ。最近冷たいもんな！勉強ばっかして、部活にもろくに来ねえし」
「まぁ、な。試験も近いし」
「昔はさ、何でも話してくれたのに、今は隠し事ばっかしてさ」
不服そうに頬を膨らせるも、ふと淋しげに目を伏せる椎奈の仕種に、彼の胸がどきりと高鳴る。
おもむろに、彼は話を切り出した。
「椎奈。俺の隠し事、教えてやろうか？」
「え…いいのか？」
目を丸くした椎奈が、孝太郎の顔を見つめる。
さっきまで膨れっ面で拗ねていたかと思うと、今は興味津々といった溌剌とした顔付き。くるくると表情が変わる、感情のままに動く彼女は、見ていて本当に飽きない。
彼は笑顔を浮かべたまま、彼女に手招きをする。
「何でも相談にのるか、ら……」
何の疑いもなく、椎奈がベランダからそわそわと身を乗り出すと、孝太郎はぐっと顔を寄せて、薄く開かれたその唇に口付けた。
乱暴な言葉使いで男っぽい口調の彼女だが、唇の柔らかさは女性そのものだ。軽く唇を重ねただけで終わろうと思っていたはずが、離れがたくて、つい強く唇を押しつけてしまう。椎奈の唇をそっと挟み、啄ばむ様に吸うと、彼女の口から吐息が漏れる。
「…ん…っ！」
ちゅっ、と粘着質な音が椎奈の耳に届いた瞬間、ようやく正気に戻った彼女は彼を押し退けると、慌てて距離を取る。
「なっ……おまえ、今、何を……っ！！！」
唇を手の甲で拭いながら、新手のいやがらせか、と椎奈は思わず身構えた。
そんな彼女の反応を見て、孝太郎は一瞬複雑な表情を見せたが、
「やっぱ教えてやんね」
そう言い放ち、一方的に部屋に引っ込んでしまった。
「ちょっ、おい！」
椎奈は追及しようとするが、孝太郎はカーテンまで閉めてしまい、すっかり彼の姿は見えなくなってしまった。そんな彼の態度が腑に落ちず、椎奈は思いっきり怒鳴りつけてやりたかったが、まんまと逃げられてしまって問い詰める事もできない。遣る瀬ない気持ちを持て余しつつ、彼女も仕方なく部屋に戻った。
―――カーテンを閉めた後、ばくばくとうるさい程に跳ね騒ぐ心臓を抑えながら、孝太郎は床に座り込むなり、溜息を吐く。
彼女は恋愛沙汰には疎いというか興味がないらしく、彼は今まで自分の気持ちを隠し続けてきた。幼馴染として、一番の理解者の位置のままでいようと思っていたが、もう限界だった。
中性的な外見でカッコ良いなどと、女子の間で騒がれている…確かに、幼い頃から少年のように活発な彼女だったが、成長するにつれてどんどん女らしくなっていく。
風呂上りで上気した張りのある肌、赤みを帯びてふっくらとした唇、無邪気に接してくる曇りの無い瞳。すらりと伸びた足は彼女の肢体を想像させ、ふと理性が狂わされてしまいそうになる。
どんなに男っぽい言葉遣いで、がさつな態度を取り、スカートの下に短パンを履いた姿で男に交じり平気でサッカーをするような女であろうとも、孝太郎にとって椎奈はかけがえのなく愛おしい存在に変わりなかった。
ぐっと、床についていた手で部屋のカーペットを掻き毟るかのように、拳を握った。
試して、みるつもりだった。
軽い感じに装ってみたものの、実は緊張で手が震えていて、今も少しそれが残っている。
苦々しい表情で、孝太郎は唇を引き結ぶ。
椎奈の反応を見て、彼女が満更でもない様子を見せれば、そのまま勢いに任せて自分の気持ちを告げるつもりだった。自惚れだが、彼女は自分を受け入れてくれるのではないかと心のどこかで思っている部分があった。
幼い頃からずっと一緒で、孝太郎は自然と椎奈に惹かれていった。きっと、彼女も彼の事を同じ位大切な存在だと認めてくれているだろうという淡い期待感。
しかし、あの反応は。
怪訝そうに眉を顰めて、思いっきり唇を拭っていた。
「脈なし、だよな…」
カーテンを閉めきった真っ暗な部屋で、自嘲気味に彼は呟く。
逃げるように引きこもってしまった弱い自分が情けない。特に、彼女は潔くない行動を嫌う性質だ。明日から、どんな顔で、どんな態度で彼女と接すればいい？手の平で顔を覆って、孝太郎はまた悲痛な溜息を漏らした。