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水族館
【家族 その他小説】

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水族館-3


「よっしゃ行こうぜ里保!」
「うん、デートしよう、お兄ちゃん」

 やはり誘ってきただけあって、俺よりも歩くのが速い。出掛ける前にちゃんと両親に断っておきたかったが、追いかけるのに精一杯でそれどころじゃなかった。今日の妹はすでにやる気が満ちているというわけである。期待しないわけにはいかない。


「おっ、おい、人が見てるって」


 外に出て最初に里保がやったこと。それは、指と指を絡めてニギニギしあうという、所謂恋人繋ぎである。いきなりやっちゃうんですか。まあ、嫌じゃないですけど、むしろ歓迎ですけど。こういう時に改めて妹の指の細さを認識するんだよね。

「……嫌なの? お兄ちゃん」

 ニヤニヤしながら聞いてくる里保。この子はやっぱりずるいけど、頭がいい。お兄ちゃんの心の中を察しているからこそ、薄ら笑いを浮かべてしまうのだ。嫌じゃないですけどって考えたのがとっくにばれてるんだよな。
 里保こそもしかして嫌なんじゃ……いいや、わざわざ考える必要もないな。嫌いな奴の手なんか握りたくないだろうしなぁ。まったく、今日という日曜日はなんと幸せな日なのだろうか。まだまだ始まったばかりなのにこんな有り様では、帰る前に燃え尽きてしまうかもしれないぞ。


「さ、さいひょはどこに行こうか、里保?」
「最初は、ね。お兄ちゃん大丈夫? 顔真っ赤だし、呂律回ってないし、汗だくみたいだけど」


 一応は心配している口振りではあるが、薄ら笑いを浮かべる顔は明らかにお兄ちゃんを嘲っている様にしか見えなかった。仕方ないだろ、妹からデートのお誘いを受けて動揺しないお兄ちゃんなんていないんだからな。

「行き先、決めてないよね」

 その質問の答えは「はい」だ。敢えて言うなら昼過ぎまで寝ている、という予定だったんだが、すでに里保と手を繋いでいる事がイレギュラーである。どうしよう、幸せすぎて既に昇天しそうなんだけど。そりゃあ汗も止まらないっていう話だ。

「行きたいところあるんだけど、お兄ちゃんが何の予定も立ってないならそこでもいい?」

 ずるい、この子。お兄ちゃんが咄嗟の出来事に対して鈍いっていうの知ってるんだから。適当に思い付いた事であろうと、意地でも自分の意見を押し通すタイプでないのも既に、だ。残念ながら俺の返事は、これしかないのだ。

「仕方ないな、本当は連れてってやりたいところがあるんだが、お前がどうしても行きたいんだったらそこにするよ」
「うん、ありがと。お兄ちゃんは優しいよね」

 なんだか釈然としなかったけど、いいんだよもう。好きなだけお兄ちゃんを自分のペースで振り回せばいい。別に、自分で行き先を決められなかった訳じゃないんだから。
 電車に乗り継ぎ、いつもと違うところで乗り換えた。どこに向かうのかと聞いてみたが、ヒミツ、とニコニコしながら返された。勿体ぶらなくてもいいのに、と思ったが、まあ直前まで知らない方がいいか、と思い直した。

「ここで降りるよ、お兄ちゃん」
「うん……って、おい、ちょっと?!」

 里保は今まで繋ぎっぱなしだった手を離し、俺の目を隠してしまった。これじゃあ前が見えないだろうが。

「大丈夫、ちゃんと誘導してあげるから。私を信じて歩いていけばいいよ」
「あーはいはい、分かったよ。じゃあ里保を信じてやるからきっちり誘導しろよな」

 徹底してるな、本当に直前までヒミツにしておくつもりらしい。しかし、駅から出てどれくらい歩くのかさっぱり見当がつかない。果たして何分このままでいなきゃいけないんだろう。
 見えなくても沢山の人が行き交う音が聞こえてくる。やめてくれ里保、恥ずかしいぞ。バカなカップルがやりそうな事をやらないでくれ。いや、さすがにここまではやらないかもしれない。俺は恥ずかしさと不安の入り交じった、足の裏が浮く様な居心地の悪い気分のままひたすら歩いた。


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