三人の子ども達-4
「はっ……―――――ぅ……っ、う……やだああああああああっ!!!」
布団を跳ね上げて絶叫した。あまりの恐怖に、歯がガチガチと鳴る。
ヤバイヤバイヤバイ!! これ以上はヤバイ!!
「シャルっ!?」
「どうしましたの!?」
汚れた手を素早くシーツで拭き、乱れたスカートの裾を引き降ろした直後、驚いた両親が部屋へ飛び込んできた。
「な、なんでもないっ! ちょっと……寝惚けて……」
目端の涙を手の甲で拭い、慌ててまた布団に包まった。
いぶかしがる両親へ、今日は夕食も食べられそうにないと告げて、部屋から出て行ってもらった。
どのみちカーテンは閉めていたが、冬の日暮れは早い。窓の外はもう真暗だろう。魔法灯火もつけずに、暗い部屋で膝を抱える。
ドッドッド、と、心臓はまだ早鐘のように脈打ち、冷や汗が噴き出る。
(ちょ、ま、待った! 処女なのに、触ったのも今日が初めてなのに、こんなに気持ちよくなるなんて……っ!! お、おおおお落ち着いて考えなきゃ……ここここういうのは、個人差が……えー、これはあくまでも個人の感想です……って違うでしょおお!!!!)
こんなに極限までパニックを起こしたのは、間違いなく産まれて初めてだ。そして、これほど自己嫌悪に陥ったのも。
……結論から言えば、もしロルフに抱きたいと言われても、シャルの身体は嫌じゃないようだ。
痛みにはかなり我慢強いほうだから、破瓜の痛みも多分余裕だろう。
その一方で、自分の身体は、快楽にはめっぽう弱かったらしい。
いや、むしろ……
―― ド 淫 乱 だ っ た !?
シャルは膝を抱えたまま、ダンゴ虫のように丸まってシクシクと落ち込む。
あんな醜態を、ロルフにだけは晒したくない。
一般的に、女が感じれば男は悦ぶらしいけど、どうやら最初に肝心なのは、適度な恥じらいと初々しさらしいのだ。
いつだったか知り合いの少女から、初体験で痛かったのに無理して気持ち良い振りをしたら 『純情な子と思っていたのに、慣れてたのか……』と、彼氏にドン引かれたと泣いて訴えられ、錬金術で男の記憶を消してくれと懇願された事もある。
しかし、そんな都合の良い薬や魔法は無く、結局はふられてしまったらしい。相手の男はどうみてもロクデナシの部類だったから、かえって良かったかもしれないが。
ロルフがそんな輩と同じとは思わないが、あまりにも乱れたりすれば、さすがに驚くだろう。
軽く想像して弄っただけで、あの有様だ。本当にロルフが相手になったら、どんな醜態を晒してしまうか……。
喘ぎまくって卑猥な言葉を口走り、いわゆるヌレヌレアッハーンなアヘ顔状態にまでなってしまったら!?
……ゾっとした。
恋に無関心な普段の自分とは、あまりにもかけ離れた姿である。ロルフが今まで見てきたシャルを好きだと言うなら、思いっきり幻滅するのではないだろうか?
シャル自身が、すでにあきれ返ったくらいだ。
(だ、ダメだ……やっぱり、断ろう……)
ダンゴ虫状態のまま、決意した。
心があれだけ不感症気味だったのに、身体はいきなりド淫乱なんて、あんまりだ。
(く……こうなったら、一生独身で純潔を貫いてやる。結婚だけが女の幸せじゃないって、証明してやるわ!)
そこまで腹をくくると、ようやく少しだけ落ち着いて、ダンゴ虫から脱却できた。魔法灯火もつけて、部屋を明るくする。
とにかく、親友としてのロルフは失わずに済むのだ。そのうちに彼も、アンのように理想の伴侶を見つけ、寄り添うのだろう。
「あ……」
ズキリと胸が痛んだ。
喉に何か詰まったように重苦しい気分で、胸が締め付けられるような気分になる。だが今度の締め付けは、さっきとまるで違い、ちっとも幸せではなかった。
――コンコン。
窓ガラスが小さな音を立てた。
カーテンを開けると、隣家の窓からロルフが手を伸ばし、窓を叩いていた。家と家の間隔が狭いので手が届くのだ。
双子とシャルは、窓からしょっちゅう互いの部屋を行き来していた。
「……ごめん。あんなに驚かすつもりはなかったんだ。俺の気持ちは本当だけど、受け入れてくれるかは、シャルの決定に任せるから」
人狼ハーフの青年は、気まずそうに黒髪をかく。
「う、ううん。もう平気よ……」
なんとか答えながら、幼馴染の彼を改めて観察した。
スラリと引き締まった無駄のない長身は、生まれながらの戦士だ。さすが、人狼の血を引くだけはある。顔立ちも凛々しいが粗暴さはなく、温厚な人柄が滲んで見えるようだ。
何事も慎重な彼を、臆病とからかう者もいるが、それは思慮深さの裏返しだと、シャルは知っている。
きっと他にも気づいている子はいるだろう。
広場で会った少女だって、シャルがロルフと恋人でないと言ったら、あからさまに嬉しそうだった。
……だから、たとえ彼が忌み嫌われる人狼の血を継いでいるとしても、受け入れ愛してくれる女性は、このさき沢山できるだろう。
「えーと……ロルフ……」
慎重に言葉を選び、やんわりと結論を告げようと思ったのに、うまく声が出てこない。
のどがヒリつき、焦りで舌が口内に張り付く。
―― 他の女を選べなんて言いたくないのだと気づき、愕然とした。