瑠璃色の蝶-2
昨日の正午過ぎ、とある小学校で殺人事件があったという。殺されたのは男性教師。殺したのは女子生徒。調べによると、彼女はその男性教師に性的嫌がらせを受けていたらしい。どんな嫌がらせだったのかは敢えて伏せて報道されているようだ。一体、教師は女子生徒に何をしたのだろう。殺されるほどだから、かなり悪質なものだったと考えられる。
もしも女子生徒が私のように情緒不安定な少女であるのなら、話は別だが。
「こういう事件、最近多いね」
ソファの上で膝を曲げ、私は体育座りしながら横目で彼を盗み見る。ある期待を胸に抱いていた。奥に隠された、先生の表情が見られないものか、と。そんな私の言葉に、先生は月明かりのような弱々しい相槌を打った。
「ねえ、」
テレビ画面を真っ直ぐ見据え、苦い息と一緒に声を発す私。その身体からは力と言う力全てが、抜け落ちていた。
先生の相槌も待たずに、私の脆い口は動く。
「もしも私が死を望んだら、先生は私を殺してくれる?」
返事は、なかった。
暫く待ってみたが、先生はコーヒーカップに口をつけたまま、テレビを睨み付けているだけ。まるでそこに、かつて誰も見たことがないくらいに無惨な姿の死体が映っているかのように。どういう訳か私の妄想は、そのテレビ画面に扼殺されたセーラー服の少女の死体を貼り付けていた。少女はだらしなく鮮血を垂らし、永遠の眠りの中に逃げ込んだ。
闇も助かって、先生の顔は蒼ざめて見えた。恐ろしい、恐ろしい、と。そんな風に、蒼かった。
変なことを言ってしまったみたい。
私の本心は、皆にとっていつもタブー。
だから私は無口で無愛想。
だから私は何も言わない。
理解なんて、してくれなくていいのだ。「がんばって」話し掛けてくれなくても構わない。だから私は、先生といる。先生は、よけいなエネルギーを使って相手に言葉を求める時は、相手にも多大なるエネルギーを使わせるということを知っているようだ。そんな先生は、ただ黙って側にいてくれる。お前はここに居るのだと抱きかかえてくれる。先生と一緒に私がいる。先生は無口。少なくとも私といるときは、然して喋らない。私も無口。
まるで生まれる前はひとつの身体であったかのように、私たちは霊魂からひとつになれる。つまり、声にしなくても他の人より交われる。
ただそれは、あまりにも不確かで私の身体を小刻みに震えさせた。やがて冬のように寒くなるのは、不安から来る錯覚と、どの建物にも入れずに外を彷徨しかないからである。
それでも、温かく無くても構わないから、誰かの腕の中に、目の中に、存在したい。
黒だろうと白だろうと、色を染めてくれる誰かが、欲しい。
強く、強くそう思うのである。
「映画でも観る?」
突然、先生が口を開く。私はコーヒーカップを目の前のテーブルに置くと、首を振って、折った膝に顔を埋めた。
「ごめん、私やっぱり寝る」