妖怪艶義〜一本ダタラ〜-1
「一本ダタラの『ダタラ』とは…タタラ師(鍛冶師)のタタラとも関係があるともいいます。タタラとは、…フイゴのことです。…長年、溶解している鉄の輝きを見続けると片目がつぶれ、フイゴを踏み続けた片足は萎えてしまうといいます。」
(多田克己「幻想世界の住人たちW」より抜粋)
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『完全に、迷ってしまった・・・。』
鬱蒼と茂る森の中で、呆然と呟く。
僕はI大の一回生。専攻は、今時珍しい民俗学。というかI大を選んだのも、その珍しい民俗学の学科がある、ただそれだけの理由だった。
『やばい・・・本格的に遭難だ・・・・。』
踏み鳴らされた山道が、徐々に獣道になった時点で気付くべきだった。もう、夕闇が近い。
初めての夏季休暇。僕は、かねてからの憧れだった「妖怪の現地調査」を敢行した。いわゆるフィールドワークというやつを。
といっても、さすがに妖怪を見つけてやろうとか、そんな大それた事は考えちゃいない。
要は実際に伝承の残る土地に行き、お年寄りから話を聞いたり、‘妖怪の住む山’にちょっと分け入ってみたり・・・・。
…ちょっと、のつもりだったのだ。
『――どうしよう・・・・』
徐々に闇に沈んでいく森の中でひとり立ち尽くす。
出がけに民宿のおじいさんに行き先は告げてきたから、遭難したとは見当がつくはず。
問題は、僕がもつかどうか。夏とはいえ山の知識などない大学生って、一体どれくらい生きられるものなんだろう…?
「なんだぁ…こんなトコに、男ぉ・・・?」
半ば他人事のようにぼんやり考えていると、よく響く声が降ってきた。
見上げると、木々が乱雑に立ち並ぶ山の斜面に、ひとりの女性が立っている。
「なんだなんだ…?しかも見かけねぇツラじゃねぇか…。」
そう言って僕を見下ろす。ボーイッシュな短髪だけど、前髪の右側がやけに長くて、髪に隠れていない左目だけでじぃっと見つめてくる。
僕も、突如現れた女性を見返す。天の助けが現れたはずなのに素直に喜べないのは、その女が髪型以外にもヘンだったからだ。
まず服装。まるで時代劇から出てきたみたいな格好だ――言い表しにくいけど、よく‘くノ一’が着ているような妙に丈の短い着物…と言うのが近い気がする。さすがに色は紫とか赤とかではなく、綿か麻かの地の色だけど。
そして、その丈の短い着物から伸びた脚が、これまた妙に印象的だった。
スラリと長いのに、引き締まった太腿はやけに肉感的で。日に焼けた褐色の肌が、逆にスポーティで健康的な色香を醸し出している…。
「ふ〜ん・・・・。」
なにやらひとりごちながら、女は野生動物のように斜面を滑り降りてくる。あっという間に僕の横までやってきた。
「お前、迷子だろ?」
僕を見下ろしながらズバリ言う。…確かに、僕は中学生と間違えられるくらいに小柄だけれど。
「今から下りるのは逆に危ないぜ?来な、家(うち)に泊めてやるよ。」
そう言って、返事も待たずに今度は斜面を登り始めた。
天の助けのはずが、どうも納得できない事が多すぎる。かと言ってついて行かなければ、遭難確定。
考える間もなく、彼女を追って僕も登り始める。
どこに連れて行かれるのか気になったけど、上を行く彼女の着物の裾が短すぎて、正直それどころじゃなかった。