アクアマリンのリング-2
良平は自分の前のグラスを、コースターごとリサの前に移動させた。「飲んでみてください。ジンライム」
「はい」
リサはグラスを手に取り、口に運んだ。「これもおいしいですね。なんだか、良平さんがこの味に結びつけられてしまいそう」
「え? どういう意味ですか?」
「これを飲む度に、貴男が心に染み渡っていく条件反射。だって、こんな素敵な夜も、私初めてですから……」リサは良平の肩に頭をもたせかけた。
「貴女が言った、タイミング、っていう意味、解りました。僕にとっても貴女との出会いは、先月でなきゃいけなかった」良平はリサの肩に手を回した。
もう片方の手でポケットを探っていた良平は、テーブルに小さな箱を置いた。「僕が部屋で酔っ払って、貴女がいる前で壁に投げつけたのは、その彼女に渡すつもりだった指輪。あれはリサイクルショップに売り飛ばしました。あまりに悔しかったから」
良平は笑いながら続けた。「これは、リサさん、貴女にいつか渡すつもりの指輪です」
「えっ?」リサは思わず顔を上げた。
「僕はごく普通の平凡な男です。小心者で気の利いたこともできないし、不器用で、女性の扱いにも慣れていない」
良平はリサの目を見つめた。
「だから、貴女が僕とずっと一緒にいてもいい、って決心したら、この箱を開けて下さい」
「良平さん……」
「それまで僕は待ちます。いつまでも。でも、もし貴女には必要ないというんでしたら、これもリサイクルショップに」良平は恥ずかしげに笑った。
リサは目に浮かんでいた涙を乱暴に右手で拭い、焦ったようにその箱を手に取り、中からジュエリーケースを取りだした。そして一瞬動きを止めた後、その蓋をゆっくりと開けた。
「えっ?! リ、リサさん、も、もう?」良平はずり落ちかけた眼鏡を慌てて掛け直した。
黄金色に輝く細いリングに一粒のライトブルーの石が埋め込まれ輝いている。
「アクアマリンの指輪……」リサは独り言のように呟いた。
リサはそのリングを取り出し、良平に渡した。「私の指に……」
良平は少し震えながらリサの左手をとり、リングを薬指に通した。そして両手でその柔らかで温かい手を包みこんで、ようやく微笑んだ。
「おじいちゃんになっても、その笑顔を、私に向けてくださいね」
良平は思わず、ぎゅっとリサの身体を抱きしめた。
窓の向こうに散らばった無数の雨粒のうちの一つがつっと流れ、隣にあった雫と一つになり街の灯を反射して小さく輝いた。
〈終わり〉
2013,12,20初稿脱稿(2014,2,18改稿)
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