気づかなかった想い-2
リサが良平の家に着いた時には、夜の8時を回っていた。
玄関先で出迎えた母親は快くリサを中に招き入れた。
「まあ、あなたは、えっと……」
「春日野です。」
「リサさん、だったわね? 修平のお友達の。いらっしゃい。どうしたの? 急に」
「あの……、部長さんのお見舞いに」
「部長? ああ、良平のことね。そう言えばリサさん、うちの良平の店に就職したんだってねえ」
「はい。とっても親切にして頂いてます」リサはぺこりと頭を下げた。
「でも、奇遇ね。修平の同級生のあなたが良平と同じ職場だなんて」
「そうですね」リサは通されたリビングで母親に訊いた。「良平さんは、お部屋ですか?」
「ええ。部屋で寝てるはずよ。頭が痛いって、今朝からね」
「そうですか……」リサは小さくため息をついた。「あの、お部屋に伺ってもいいですか?」
「ありがとうねえ。わざわざ来ていただいて……」母親は恐縮したように言って、リサを連れて階段を上った。
良平の部屋のドアを母親がノックし、中の良平に声を掛けた。「良平、リサさんがお見舞いに来てくだすったわよ」
そしてドアを開けて、リサを促した。「どうぞ」
「ありがとうございます」
母親はそのまま階段を降りた。
「部長さん……」
良平の部屋に足を踏み入れたリサの鼻を、つんとした匂いが刺激した。「え?」
スウェット姿のまま、ベッドに背を丸めて座った良平は、定まらない視線を入ってきたリサに向けた。
「ああ、」良平は少しだけ微笑んで、それだけ言うとまた目を伏せた。
ベッド脇のテーブルには白い焼酎の瓶と、半分程の中身が残ったグラスが置かれていた。
「ぶ、部長!」リサは慌ててドアを閉め、テーブルの横に座って良平の顔を覗き込んだ。「部長、ど、どうしたんですか? 何か、あったんですか?」
「春日野さん……」赤い顔をして良平はそうつぶやき、テーブルのグラスに手を伸ばした。
グラスの横に並んで立っていた瓶の底には、まだ少し中身が残っていた。
「僕はバカです。愚か者です。いや、ピエロかもしれない……」ろれつの回らない言葉で良平は唸るように言った。
「大丈夫ですか? 部長さん。気分悪くないですか?」
「気分ですか?」良平は虚ろな目でリサを見た。「最悪ですよ……昨夜から」
「お水、持って来ましょうか?」
「え? 水? そうですね……水で薄めた方がいいですよね、やっぱり……」
良平は目を閉じて力なく何度も小さくうなずいた。
リサが階下のダイニングから水の入ったピッチャーと新しいグラスを運んできたとき、良平はピンクのリボンが掛けられた小箱を握りしめていた。
良平はいきなり手を振り上げ、思い切りその箱を部屋の壁に投げつけた。
バン! という大きな音がして、それは床に無慈悲に転がった。
「部長!」
「水、ください、リサさん……」
リサは慌てて、運んできた水をグラスに注ぐと、良平が持っていた焼酎のグラスの代わりに握らせた。
良平はそれを黙って口に運び、口元からだらだらとこぼしながら一気に飲み干した。リサはベッドの枕元にあったティッシュで良平の口元やこぼれた先の太股を拭った。
「リサさん」良平はリサの目を見た。
「はい」
「……お願いがあります」
「何でしょう」リサは緊張したように動作を止めた。
「僕に笑いかけてくれませんか?」
一瞬戸惑った後、リサはぎこちなく少し震える声で言った。「も、もちろん。いいですとも」
リサは良平の目を見つめて微笑んだ。少し無理をした笑顔だということは、リサ自身も気づいていたが、今、目の前にいる男性に対して、精一杯の笑顔を作りたかった。
「ありがとう……ありがとう。ほんとに癒されます。あなたを見てると……」
「良かった……」
リサはカーペットに座り直した。