突きつけられた真実-1
良平の務める店では、毎年秋に恒例の大宴会が開かれることになっていた。
町の中でも有名な料亭の大広間を貸し切って、約30人ほどの従業員を集め、その宴は開かれた。
例年のように一次会は全て会社持ちだった。
すぐに宴会は賑やかに盛り上がった。良平の前にリサがビール瓶を持ってやって来た。
「天道部長」
「やあ、春日野さん」
「どうぞ」リサはビール瓶を持ち上げた。良平はグラスの中に半分程残っていたビールを飲み干すと、それを差し出した。
「ありがとう」
一口飲んでから、グラスをテーブルに戻し、良平はリサの顔を見て微笑んだ。「どう、もう慣れた?」
「はい。部長さんのお陰で」
「僕は何もしてませんよ」良平は照れたように笑った。
「私、とっても元気づけられました」
「え? 何かしましたっけ?」
「就職してすぐ、私が失恋したことを口にした時、部長さんに『元気出して』って言われて、微笑みかけられたこと、私、きっとずっと忘れません」
「そうですか……」良平は頭を掻いた。
「今思えば、なんで私、あんなこと部長さんに口走っちゃったのか……」リサは済まなそうに眉尻を下げた
「いいじゃないですか。話せば楽になることだってあるし」
リサは目を上げた。「部長さんには素敵な恋人がいらっしゃるんでしょう?」
そう唐突に言われ、良平は軽く咳き込んだ。
「ま、まあね」
「お付き合い、長いんですか?」
「来年あたり、結婚しようかな、って思ってはいるんですけどね」
「それはおめでとうございます!」
リサは我が事のように大声を上げた。「ラブラブなんですね」そして軽く首をかしげて目を細めた。
良平はその笑顔にほっとしたようにため息をついた。
「貴女の笑顔にはとっても癒されます」
「え?」リサはちょっとびっくりして、右手を口に当てた。
「みんなからそう言われませんか? 店長も言ってましたよ。面接の後」
「そ、そうなんですか? な、なんだか恥ずかしいです……」
「春日野さんのほのぼのとした性格が表れてるってことですね。うちの店のペットコーナーには最適かも。実際売り上げも貴女が来てから伸びたし」良平はウィンクをした。
「そ、そんなこと偶然です」リサは顔を赤らめてうつむいた。
その時、背の高い若い男性が焼酎のお湯割りのグラスを二つ手に持って良平のテーブルにやって来た。
「天道部長」
「おお、圭輔君」
「じゃあ、私、失礼します」リサはそう言って丁寧に頭を下げ、その場を離れた。
「新入社員を口説いてたんじゃないでしょうね?」
圭輔はいたずらっぽい笑いを浮かべながら、手に持っていたグラスの一つを良平の前に置いた。
「ばか言うな」
圭輔はしんみりとした表情で良平の顔を見た。「短い間でしたけど、お世話になりました」そしてぺこりと頭を下げた。
「君は貴重な戦力だったんだが……」
「すんません」
「何かあったの?」
「いえ、特に何も、っていうか、通勤に時間がかかるのがネックと言えばネックなんすよね」
「ネック?」
「親がちょっと病気がちなんで、何かあったときに動きにくい、っていうか……」
「そうだったんだね……」
「はい。本当にすんません。そんな個人的なことで、迷惑かけちゃって……」
「ご家族の方が大事だよ。君の優しさがわかったよ。遅まきだけど。で、新しい仕事は?」
「しばらくはコンビニのバイトっすかね」圭輔は頭を掻いた。
「そうそう、沙恵ちゃんとはうまくいってます?」圭輔が突然にやにやしながら言った。
「え? あ、ああ。まあね」
「結婚とかは?」
良平は圭輔からもらったグラスに手を掛けたが、口に運ぶことなくテーブルに戻した。「うん。来年あたりとは思ってるんだけどね」
「そうっすか。部長と沙恵ちゃん、つき合い長いんでしょ?」
「彼女がうちでバイトしてた二年前からだね」
「いいなー。でも俺、沙恵ちゃんには嫌われてましたからね」
良平は思わず顔を上げた。「そうなのか?」
「はい。あからさまに避けられてたんすよ」
「へえ。知らなかったな」
「俺がイヤでバイト辞めたんじゃないっすか?」
「いや、それはないよ」良平は手を顔の前で左右に振った。
「飲んで下さいよ。それ」
圭輔は良平の前に置いたグラスを目で示した。
「え? あ、そ、そうだね」
良平はそれを持ち上げ、一口すすった。ちょっとだけ顔をしかめて、グラスをテーブルに戻した。
圭輔は笑いながら言った。「部長、焼酎は苦手ですか?」
「うん。苦手だ。せっかく持って来てもらって悪いけど」
「すんません。気がつかなくて。無理して飲まなくてもいいっすよ」
圭輔はそれだけ言うと、あっさりとテーブルを離れていった。