あまい時間-1
「あー、助かったよ。ありがと、美優ちゃん」
店長はよくわたしの名前を呼ぶ。
いや、わたしだけじゃなくて、他のおんなのこにもそうなんだろう。
だから、勘違いされるんだ。
ほら、わたしみたいに。
「いえ、大丈夫です」
できるかぎりそっけない返事をした。
いつも他人を気にしない、無神経なこの人にもちゃんと引っかかる言い方。
「どうした?・・・なに、怒ってるの?」
覗き込まれた顔がとても近くて、思わず声をあげそうになった。
一気に顔が熱くなる。
「本当に助かったんだよ?ほら、由美さんがいきなりやめちゃったからさ、ヘルプで美優ちゃん来てくれて」
ずるい、と思う。
わかっててやってるんだこの人は。
めんどくさいから恋人のふりをしてくれ。なんてひどい話を、悪びれることもなくわたしに言って。
軽々しく肩に手を置いて。
名前を呼んで。
全部がわたしの心を握りつぶすことを知らないで。
「そのことじゃ、ないですよ」
思わず零れてしまった言葉に慌てて口抑える。
「え?」
振り返ったその人の見て、顔が一気に熱くなる。
くやしい、くやしい、くやしい!
耳が熱くなって、次に頬。そして目が熱くなれば、ぽろぽろと涙が零れた。
「美優ちゃん?どうした?」
怪訝そうな顔をして近付いてきた、その人の大きな手を力一杯払いのけた。
一度こぼしてしまった感情は一気に落ちていく。
「店長は・・・っずるいです!」
泣きながら叫ぶ。
もうこの店なんか辞めてやる。
「平気な顔して、恋人のふりなんて・・・!できるわけないじゃない!!だ、だって・・・っ!わたしは・・・・・・っ!!」
言い終わる前に唇が生暖かいものに塞がれた。