大好きだった人-18
――そう、大好き“だった”のだ。
そしてあたしは、車の中で芽衣子さんを想って泣いていた久留米さんのことを思い浮かべる。
久留米さん、あれだけ愛してた人も、過去のものにできるんだよ。
あたしと彼とじゃ事情が違うけど、久留米さんが芽衣子さんを好きでいたように、あたしだって本気で塁を好きだった。
でも、その想いも形を変えて過去のものへと昇華できた。
だからと言って、それをなかったことにしようとも、忘れたいとも思わない。
塁を愛していたことは事実だし、それがあったから今のあたしがいる。
――人って、こうやって痛みを抱えながら前に進んで行くんじゃないんですか?
泣きながらあたしに怒鳴り付けてきた久留米さんの真っ赤な瞳を思い出した。
「ごめん、塁がそう言ってくれたのはホントに嬉しいし、ずっと待ち望んでいた言葉だった。
でも、もう遅いの。あたしが好きなのは、塁じゃないの」
久留米さんを好きになって、やっと前に進めているってわかった。
塁しか見えていなかったあまり、不毛な関係を続けていたあたしを前に進めさせてくれたのはあなた。
悲しげに俯く塁を見てると胸が痛むけれど、前に進むことは悪いことじゃない。
久留米さんも芽衣子さんに対する想いが形を変えつつあるのなら、自分を責め続けないで、立ち上がって。
なんて、今さら伝わることのない想いを頭に浮かべてから、テーブルの上に置いていた煙草のボックスをバッグにしまった。
「玲香……?」
「ごめん、やっぱり帰るね」
あたしが席を立って、クルッと身体を翻すと、デニム生地のエプロンをつけた痩せたお姉さん店員が、カウンター越しからこちらを見やった。
カウンターの上に置かれた、あたしが頼んだと思わしきグラタンがふわふわ湯気を立てていた。