第6章 狂宴-1
九月十六日 金曜日
送迎の車から降り立つと、夜風に乗って軽やかなクラシックの調べが流れてきた。
日中の暑さも和らぎ、夜気が肌に心地良い。手入れの行き届いた庭園では、秋の虫達が鳴いており、夏の終わりが近いことを歌っているよう。
ドレスをまとい、パーティに赴くなど綾小路家の者にとっては日常茶飯事。それなのに今夜は少し落ち着かない。昂ぶる気持ちを抑えながら、私は夜闇にそびえる白亜の建物を感慨深く眺めた。
大正時代に建設され、今なお当時の美しい外観を残す鳳学院迎賓館は、学院の歴史を象徴する文化遺産でもあった。迎賓館と称するも、賓客をもてなす施設であったのは往時の話で、現代においては演劇場やダンスホールなどを有する多目的ホールとして使われている。また、学生寮や校舎から離れた立地は大騒ぎにも適しており、しばしば学生主催のパーティ会場として貸し出されることもある。
会場では招待客の受け付けが始まっており、今も優雅なドレスに身を包んだ女生徒が、フォーマルな装いの男子生徒にエスコートされ、石造りの階段を上っていく。見慣れたはずの光景なのに、やはり今夜は違って見える。胸に手を当て一息ついて、心を引き締めてからエントランスへ足を向ける。学院の伝統を汚す不逞の輩を断罪し、秩序を取り戻すために。
パーティはダンスホールで行われるらしく、ホールの入口まで赴くと、楽しげなざわめきが聞こえてきた。煌びやかに照らされたダンスフロアに踊る者の姿はまだなく、招待客達はホールの一角に設けられたテーブルに集まっている。ビュッフェ形式の食事が振舞われており、歓談を交えながら立食を楽しみ、開催を待っているといった様子である。
居並ぶ面々を見渡すと、なるほど橘沙羅の言う通りね、と納得する。やはり九条直哉が手中に収めようとしているのは、各界の大物子弟であるようだ。手前のテーブルには法務大臣を務める八重樫氏が長男に、コンビニチェーン「WICKY」の創始者、猿田氏の長男もいる。そう言えば、彼女も確か大手フィットネスクラブの令嬢だったかしら。奥のテーブルでは楽しげに笑う、新城遥香の姿もあった。
あまりに和やかに見えるため、彼等が麻薬を与えられているとは信じ難くなる。しかし、ここに至るまでの調査がその考えを否定する。いずれにせよ、彼等の多くは共犯者ではなく被害者なのだ。一刻も早く麻薬の呪縛から解放し、更生の道へと導かねばならない
ふと不安に駆られ、薫の姿を探してしまう。ざっと見まわしたところ、彼女の姿は見当たらなかったが、それはこのパーティに来てないのか、それとも見つからなかっただけなのか。前者であることを願いつつ、懸念を払拭しようとする。
懸念と言えば、報道部の動向も不安材料の一つであったが、こちらは桜井先生のおかげで事なきを得たようである。事前に電話で確認したところ、昨日今日と提出期限間近の新聞記事制作に追われ、先生の指導の元、部室からほとんど出なかったらしい。放っておけば彼女達、とくに橘沙羅なら、このパーティに潜り込もうとしていたかもしれないが、どうやら取り越し苦労で終わることになりそう。全ての決着は、間もなくつくのだから。