第6章 狂宴-3
「その前に、少しお時間を頂けませんか。余人を交えぬところで、折り入ってお話したいことがあるのですが」
さすがに鼻白む彼に、私は何事もなかったかのように言葉をかける。内心の動揺を表には出さなかったが、思っていた以上にこの男と一緒にいるのが我慢ならない。面と向かって話していると感情を律しきれず、不快感が湧きおこる。自ら買って出た役とは言え、これ以上この茶番じみたパーティに付き合うのは苦痛でしかなく、一刻も早く問題を解決してしまいたくなった。
おりしもホールに軽快な音楽が流れ出し、誘われるように幾組かのペアがフロアに躍り出る。華やかなダンスパーティは幕をあげたが、私はその主役を伴いフロアを後にした。
九条直哉が会合の場に選んだのは、二階にある貴賓室だった。華族制度の存した時代に設けられた特別室で、入るのは私も初めてとなる。狭いボックス席を想像していたが、そこは思っていたより広く、洋風の建築様式をふんだんに取り入れた、贅沢なサロンとなっていた。紫を基調とした部屋の壁はベルベットのカーテンで覆われ、床も毛足の長い絨毯が敷き詰められている。あちこちに寛ぎやすそうな家具が配されているが、何より目を引くのはホール側に張り出されたバルコニーで、階下のフロアを一望できる作りとなっている。
上階から見ると、ドレスの裾を翻し、踊るペアの姿はまるで花が舞っている様。だが、ここに来た目的はダンスを鑑賞するためではない。辺りを見渡せばバルコニーにも座り心地の良さそうなソファやカウチが据えられているが、およそこれからする話には向かない。それより、会食用とおぼしきテーブルが部屋の奥にあるので、その内の一席に腰を下ろす。ボディガード達は私の後ろに控え立ち、九条は必然的に向かいへと腰掛ける。
「二人きりでないのが残念ですが、貴方との逢瀬には心惹かれます。それで、どういったご用件でしょうか」
にこやかに話しかけてくる男に、私は相好を崩すことなく一通の封筒を差し出した。怪訝な面持ちで受け取る彼は早速中身を改めるが、その顔は見る見る凍りついていった。
最後の一枚まで目を通すと、彼の顔には、先程までとは異なる不敵な笑みが広がっていた。もう少し取り乱すかと思っていたが、開き直ったのか、悪戯を見つけられた子供のように不遜な態度をとっている。辺りには緊張した空気が漂い、ボディガード達はいつでも飛び出せるよう静かに身構える。
「さすがは綾小路家と言うべきでしょうか。我々も秘密保持には力を入れていたつもりですが、こんな所まで知られてしまうとは‥」
「もう観念なさることね。貴方が今まで行ってきた悪行は、すべて明るみに出ることとなりますわ」
「困りましたね。それでは学院はもとより、貴方の経歴にも傷がつくことになります」
「お気づかいは無用です。私は保身の為に、このような悪事を見逃すつもりはありません」
「ですが、せっかく貴方の統治が滞りなく進むよう、問題を起こしそうな生徒を戒めましたのに‥」