第6章 狂宴-25
制御室から持ち出した偏光グラスをかけ、彼女の傍らに立ち、同じものに目を向ける。装置が見せる催眠パターンは、そのまま見れば俺とて意識を奪われかねない危険な代物であるが、特殊な波長をカットするグラス越しでは、単純な波形パターンが揺れているにすぎない。
だが、彼女は今、装置が作り出した世界へ取り込まれているはずだ。そこは外界からの刺激が全て遮断され、五感の全てを装置に支配される夢の世界。一切の思考が閉ざされ、新たに示された認識が、徐々に心に刻み込まれていくのだ。
「フフ‥、貴方の身体は頂きました。今度は、心を頂きますよ」
俺の呟きに呼応するように、彼女は呪文のように言葉を紡ぐ。
「ナオヤサマハワタシノイトシイヒト、ナオヤサマハワタシノイトシイヒト‥」
いいぞ、教育は順調だ、いよいよ彼女の全てが俺のものに。
「ナオヤさま‥ハ‥わたし愛シイひと‥、直哉さまは私の愛しいひと‥」
「そうだ、俺がお前の全てとなるのだ」
聞こえないのはわかっていても、そう言わずにはいられなかった。興奮で心臓が高鳴り、身体の奥底から無尽蔵に力が湧きだしてくる。先程のセックスの余韻も冷めやらず、目の前で息づく柔肌を見ていると、気が昂ぶってしまう。
伸ばしかけた手を無理矢理引っ込め、精一杯の自制心を呼びさます。もし教育の最中に外部から刺激を与えれば、精神が崩壊しかねない惨事を招く。そんな愚を犯さなくても、明日になれば新たに生まれ変わった紫織の方から、恋焦がれて俺を求めてくるはずだ。
「直哉様は私の愛しい人‥直哉様は私の愛しい人‥‥‥」
そうだ、今無理をしては元も子もない。明日から始まる素晴らしい日々の為、今宵は撤収するとしよう。
部屋を出る直前、俺は名残惜しげな視線を送り、愛を込めて囁いた。
「明日を楽しみにしてるよ。おやすみ、紫織」
バタンとドアが閉まり、男の足音が遠ざかった後も、暗闇の中、呟く声は続いていた
「‥直哉様は私の愛しい人、直哉様は、私の何よりも愛しい人‥、‥‥‥直哉様こそ、私の‥ロミオ‥」