タロ-11
……公園の時計台は昼の2時前を指している。
ザワザワとそよ風が通り過ぎ、軽く音を立てて木立の葉を揺らしている。
「うん……んん……」
真奈美の目が開いた。
まだ頭がぼーっとしている。ぼんやりと眼前に見える天井は、どこか見覚えがある。
しかし、自分の部屋ではないこととだけは確かだった。
(わたし、今まで何してたんだっけ……)
「気が付いたかい?」
不意に何処からか男の声がした。
はっと我に返った真奈美は、ここがワゴン車の後部荷台であることに気付いた。
声の主は、運転座席に座っている、盛り上がった筋肉で固太りした大男だった。
荷台には、布団が敷かれ、そこで真奈美は寝かされていたようだ。
また、バックドアに近いほうには、犬用の大きな檻が乗せられていた。
窓の外の景色を見ると、どうやらここは園内の駐車場の一角のようだ。
日に当たらないよう、木陰を選んで停車している。
「この時期、油断すると熱中症になりかねないよ」
バックミラー越しに、男の目が真奈美を見つめている。細く釣り上がったその冷徹な目からは、すくみ上がりそうになるくらいの怖さを感じた。
「あっ、あたし……どうしてここに?」
「公園のベンチで寝ていたのさ。ぐったりしてたからね。水で冷やして、車の中で寝かせていたんだ。――あのままだと、一生起きてこなかったかもな」
「あ、ありがとうございます……もう、大丈夫です」
真奈美は、これは夢ではないかと自分を疑った。しかし、どうしたことか記憶が混濁してしまっている。
さっきまで、何かおぞましい事態に巻き込まれていたような気もするが、何故かはっきりと思い出せない。
ただバックミラー越しに覗く男の、切れ長の目から感じる得体の知れない雰囲気が、真奈美の中で警鐘を鳴らしている。
――今はとにかく、この車から降りて家に帰ることだ。
「どうも、お世話になりました。それでは……」
真奈美はその時初めて、車から出るにはハッチバックドアを開けなければならず、その前にはドアを塞ぐように大きな檻が、邪魔していることに気付いたのだった。
「がっはは、お嬢ちゃん。檻に入りたいのか? まあ、とにかくお嬢ちゃんの家まで送っていくよ」
男はそう言うと、勝手に車を発進させた。
「どっちへ行けばいいんだ? こっちか?」
このまま何も言わないと、とんでもない所へ連れて行かれそうだ。
「あ、そっちじゃないの、こっち!」
(とにかく家から離れていて、歩いて帰れる距離の場所を適当に言って、降ろしてもらおう。)
車は公園を抜け、南へ向かう街路樹のある通りを走って行く。
間もなく、左手に大きな敷地を囲う高い壁が見えた。
……そう、そこはまさしく、あの金髪女 ――石神沙夜子の豪邸に違いなかった。
「あの、ここです! ここでいいです」
真奈美は慌てて車を止めるよう、男にお願いした。
「じゃあ、後部シートを倒して、前へおいで。おにいさんが家の前まで送ってあげるよ」
その男は車を降りた後も、一緒に着いてくる気なのだ。
真奈美は、ますます怪しさを感じ、警戒した。
「結構です、ここで。」
真奈美はシートの倒し方が分からなかったが、そのままよじ登ってひょいとシートを越えると、そのまま左のサイドドアを開け、車外へ飛び降りた。
(しめた、出られた!)
真奈美は慌ててドアを閉めようとしたが、その前にお礼の言葉も忘れなかった。
「おじさん、ありがとうございましたっ!」
そう言うと真奈美は駆け足でその場を去った。
――後は、どこをどう走ったのか覚えていないが、とにかく無事に自宅までたどり着くことが出来た。
ほっと一息つくと、周囲をぐるりと見回して、誰かに見られていないか確認した。
(よし、大丈夫)
安心して玄関のドアノブに手を掛け、回そうとしたが……
(あれ? ママ、パパ、外出したのかな?)
玄関のドアにはカギが掛かっていた。