死闘-1
三日後の夕刻、郊外。
賊どもは、
以前作事で使われていた、飯場小屋を隠れ家にしていた。
今は、辺りは野原で人影は無い。上手い処を見つけたものである。
廻りには犬が放たれている。
「たまらねぇ、我慢できねぇぜ」
むさ苦しい男は、美しいあきを見て殺気立つ。
「まて、今夜金が入るのだ。金で女を買え。
その娘を使って、二度三度せしめるのだ。
あそこは信用が篤い。金を借りさせる」
「いいじゃねぇか、命が残ってりゃよ」
「勝手をすると、先の武芸者のようになるぞ」
「…」
これは効いたらしい。男は大人しくなった。
前回、独走をした武芸者の悲惨を知っているのだ。
あきは、やえを抱いて静かにしていた。
蜘蛛娘が必ず救い出すと、信じて疑わない。
やえも無駄に泣く事も無く、落ち着いている。
流石に蜘蛛娘の子と言えた。
表で犬どもが、火が点いた様に吠え始める!
悪党共は刃物を手に膝を立てる!
戸板が弾き飛ばされる!
「見つけたぞ」
蜘蛛娘の、怒りに燃えた眼が赤く光る。
不逞の輩どもの根城を見つけ出したのだ!
「お前らの相手は俺だ」
外では山犬が、猟犬どもに囲まれ、
気が違った様に吠え立てられている。
山犬の身体は、猟犬に倍する程も大きい。
山犬は旋風のように走り、身体を突っ掛け、
強力な顎で、相手をがちっと咥え込む。
山犬は噛み付いたまま、
丸太の様な首で相手を狂った様に振り回す。
そのまま、巌の様な身体を二転三転させるものだから他の犬は近寄れない。
山犬に噛み付かれた犬は腹が破れ、
臓物を振り撒きながら、きりきりと宙を舞う。
次の犬は喉元に食い付かれ、
喉を砕かれながら、血を吐いて幾たびも地面に叩き付けられる。
尻を咥えられた犬は、
後脚があらぬ向きに捻じくれ、勢い余って千切れてしまう。
生きたまま四肢を捻じ切られるのだから、たまったものではない。
山犬から離れようと、失った足で地面を掻きながら、必死で這い逃げる。
山犬はその脚を、ばりばりと音を立てて噛み砕く。
射殺す様な眼で睨め回すと、他の犬は身を低くして後退る。
山犬は一匹でも熊と対峙する。
数に恃むような猟犬とは、そもそもが違うのだ。
「ぐぉおおおお!」
悪鬼の様な山犬の咆哮!
口から血の泡を飛ばしながら山犬が吼えると、
残った犬どもは尾を股に入れて、鳴いて逃げてしまった。
凶漢どもは、
蜘蛛娘目がけて体当りで殺到し、合口を送り込む。
蜘蛛娘の異常な力と技は、前回で見知っている。
鬼の武芸者を斃した妖怪。
人質などに目をくれている場合ではないのだ。
蜘蛛娘は躱しきれずに突き飛ばされ、背に肩に刃傷を受ける。
飯場小屋は、怒声と騒音で嵐が荒れ狂った様になる。
蜘蛛娘は、ここに至る二昼夜半を走り通してる。
嘗て暮らしていた山奥に戻り、山犬に助勢を乞い願う。
帰る道は、山犬に蔦で腰を引いて貰って、
引き摺られる様に走って来ているのだ。
そうして山犬の鋭い鼻を頼りに、此処を探り当てた。
蜘蛛娘は命を捨てる覚悟を決めた。
こ奴らを生かしては禍根を残す。
やえとあきに係累を及ぼすに決まっているのだ。
刺し違いになってでも息の根を止めねばならない。
やえとあきが生き残れば、其れで良いのだ。
やえはきっと力強く生きて行ける。
自分の子なのだ。
生まれながらに血の中でのたうつ、生命力に満ちた子だ。
あきは御嬢だが、律義者で頭の良い、芯のしっかりした娘だ。
必ずや、やえを扶けるに違いない。
二人で新しい時代を生きて行くのだ。
死を決した蜘蛛娘に怖いものは無い。
化け物の力を存分に奮うのみ!
「うおおおお!」
踏み込んで、斃す!
襲いかかる相手の眼に指を突き込み、
そのまま殴り倒し睾丸を踏み潰す。
頸に糸を巻き付け、力任せに引き倒し、喉に膝を落とす。
力の限りで腹の皮を突き、破る!
蜘蛛娘の手指は刃を掴み、ぐざぐざになる。
避けきれずに目、頬を抉られる。
身体のそちこちから血を溢れさせ、苛烈を極め戦い抜く!
最後の一人を斃し切り、
蜘蛛娘は立っていられなくなり、その場に蹲る。
手足が縮こまり、自分の力では伸ばせなくなる。
身体の中を巡っていたものが、
急に止まった事で行き場を失ったからだ。
最早、蜘蛛娘には、身体を動かす力は残っていない。
強張りが心の臓に達すれば、いかな蜘蛛娘とて息の根が止まる。
力を使い切れば死ぬのは、生き物の理だ。
死がやって来た。
「あき…やえを、頼む…」
「蜘蛛娘様!あなた様!」
「…」
蜘蛛娘は、蜘蛛が死ぬ時の様に、身を縮こませて死んだ。
「死んだか」
山犬は返り血を、身震いして飛ばしながらやってくる。
「誠に有難う御座います」
あきは、忍び泣きながらも山犬に対してきちんと土下座する。
打ち拉がれても、礼儀を守るように親に躾られている。
「話す犬に驚かぬか」
「話す狸に助けられたことがあります。よもや忘れません」
「お前は妖怪に縁が有るのだ。
蜘蛛娘に助力したのも妖怪のゆかり。
その赤子はお前が面倒を見るのだな」
「はい、必ず…必ず…」
山犬は満足して、風の様に走り去った。
おわり