008 ゲームスタート・2-2
昴は脱力したようにCz75を下げると、横たわっている香草塔子に急いで駆け寄る。塔子が日頃から愛用していた水色のスクールベストは、もはや本来の淡い色彩とはかけ離れていた。見るからに、重症だ。身体の至る箇所を自らの鮮血で赤黒く染め上げ、荒く呼吸を繰り返している。
「香草!」
俯せに倒れている塔子を抱え上げ、その真っ青な顔色を覗き込む。
「待ってろ、今から手当をするからな」
「あ、あ、……あ、あり、が、と」
昴は慌てて首を振る。だらりと力の抜け落ちた身体は小刻みに震え、夥しい量の血液が後から後から、どくどくと溢れ出していた。昴はあまりの痛々しさに下唇を噛み締め、ショックで痙攣する瞼を伏せる。なんて、惨い。──頭の片隅で思った。これはもう、明らかな致命傷だった。
「いいんだ、いいんだ、礼なんて、香草、もう平気だからな」
「あ、あ、あ、か、金、見、くん、は……?」
「金見?」
震える塔子の身体をゆっくりと仰向けに横たえ、立ち上がる。
「待ってろ」
少し離れた場所の枯れ葉の上で、金見雄大が身体中を滅多刺しにされてすでに事切れていた。襲われた塔子の怪我の様子から見ても、雄大を殺した人物は間違いなく榎本留姫だろう。それに、横殴りにされたみたいにくの字に折り曲がった身体は、ざっくりと抉られた首筋を天に向けていた。
昴は首を何度も振り、開いたままになっていた雄大の瞼に恐る恐る触れ、閉じてやる。途端に胃の奥から熱いものがせり上がって来たが、歯を食いしばって耐え、塔子の元へ戻った。
「首をやられてるよ、多分、即死だ」
「あ……や、っぱり、る、留姫が?」
「……そうだろうな」
言いにくそうに肯定しながら、昴はデイパックから支給された飲料水を取り出す。真新しいペットボトルの口に触れると、塔子の血が染み付いた。軽く手の平の血液を濯ぎ、私物の旅行バッグからハンドタオルを取り出すと、塔子の顔に付着した赤黒い血を拭ってやる。──非道かも知れないが、もはや塔子は、生きているのが不思議なくらいであった。手当は施さなかった。
「如月く、ん……て、優し、かった、ん、だね」
「……そんなことはないさ」
現に手に負えないと決めつけて見殺しにしようとしているのに、そんな言葉を掛けないでくれ──悲痛な面持ちでかぶりを振る昴を見て、重症であるにも拘わらず塔子は少しだけ、笑んでみせた。
「香草、寒くないか?」
「うん……」
塔子は大きく息を吸い込み、焦点が定まっていないような虚ろな瞳だったが、真っ直ぐに昴を見詰めた。
「あのね」
いやにはっきりとした口調だった。
「学校を出たらね、外で、ちち千恵梨が待ってるって、あたし、あああたし、信じ、てた、の」
「……ああ」
「でも、ででも、千恵梨、いな、いなかっ、た……」
血を拭って綺麗になった頬に一筋の雫が流れる。くすんだ瞳から、じわりじわりと涙が溢れ出していた。
「あ、たし、千、恵梨のこ、と、ひどいって、おおおも思、って、でででも」
小刻みだった身体の震えが、音が鳴りそうなほど激しくなっていく。明らかに血の気の足りていない身体は相当に寒いはずだ。綺麗になったはずの顔が、段々と浅黒く変貌していった。
──遠くからローファーを叩く音が近付いて来る。誰かが昴の背後を勢い良く駆け抜けて行くのを感じた。けれど、昴は振り返らなかった。涙を止め処なく流す塔子の最後を看取るべく、紡がれる言葉にただ、耳を傾けた。
「千恵梨に、謝り、たい……知佳、子にも、み、んな、に、も……あたし、も、だめ……」
「香草……」
「あああ」
塔子はそこで、再び大きく息を吸い込んだ。そして、これまでで一番、はっきりした声で、告げた。
「ごめんなさい」
その言葉が、彼女の最期だった。
10/19 PM22:16
女子四番 香草塔子──死亡
【残り:四十名】