この旅路が険しすぎる件について-2
「あ〜ぁ、やっぱり」
くっくと笑っている騎士たちだったが、しょげてしまったシルヴィアを見て、慌てて慰め始めた。
「勘弁してやってください、あれでも喜んでるんですよ」
「でも、怒っていらしたようで……余計な事をしてしまったのかと……」
「いやいや! めちゃくちゃ美味そうに食ってましたから!」
必死でフォローする騎士達に、シルヴィアは気を取り直したように微笑む。
そしてハロルドから渡されたメモを開き、困惑したように首を傾げた。
「これ……何と書いてあるのかしら?」
メモを見せられた騎士たちも、首を捻っている。
「なんだこりゃ?」
「将軍は何が言いたいんだ?」
怪訝な声をあげる彼らに、チェスターも内心で首を傾げた。無骨な外見と裏腹に、ハロルドの字は綺麗で読みやすいはずだ。
しかし、シルヴィアからメモを見せられた瞬間、疑問は氷解する。
メモには書かれたのは、たった一文だけ。
ただし、シルヴィアにはまだ読み書きのできない〔フロッケンベルク語〕で、こう書れていた。
『私の名前は、ハロルド・グランツです』
―― ダメだ、これが乙女将軍の精一杯だ。
チェスターはがっくりと脱力する。その傍らで、騎士の一人がシルヴィアに内容を説明した。
「あー、これはフロッケンベルク語で、『私の名前は、ハロルド・グランツです』って書いてあるんですよ」
横にいた別の騎士が、頷きつつも疑問の声をあげる。
「しかしなんでまた、将軍は今さら自分の名前なんか書いて寄越したのか……」
するとシルヴィアが、はっと気づいたように顔を輝かせた。
「わかりました! わたし、フロッケンベルク語を一日も早く読み書きできるよう、勉強いたします!」
「えっ!? あ、あの、シルヴィアさま……」
慌てるチェスターを他所に、騎士たちも「おおっ!」と納得したようだ。
「ああ、そうかも知れませんなぁ。公務でフロッケンベルク語が必要になるでしょうし」
「将軍なりに、気遣ってくださっているんですよ」
そう言われ、シルヴィアが嬉しそうにメモを抱きしめる。
ああ……御者台でそっぽを向いてるハロルドに、この顔を見せてやりたい、とチェスターは心から思った。
(おめでとう、ハロルド兄……とりあえず、喜んでは貰ったよ)
渾身の交換日記メモは、『よくわかるフロッケンベルク語入門』と、認定されたけどな!
***
そして夜、宿の大部屋で皆が寝静まると、チェスターはこっそり起き出して納屋へ行き、荷物から鳥の形に折られた便箋と万年筆を取り出す。
大陸東端の魔法がかかったそれは、バーグレイ商会の首領である母へ、自動的に届くようにできていた。
そろそろこの密命に関する、第一回目の報告をしなくてはならない頃だ。
置いてあった木箱の上に便箋を開き、小さな魔法灯火の下でペンを走らせた。
――グランツ将軍の夫婦円満への旅路は、予想以上に厳しそうです。
よって、やんわり見守る路線は変更。
機会が出来しだい、さっさと既成事実を作らせようと思います。――
終