第5章 教育-6
だからこそ、九条直哉にはこれ以上かかわってほしくなかった。私はあの男の目を知っている。いかに好人物を装っても、騙されたりはしない。人を蔑み、自分の都合しか考えてない、傲慢で自己中心的な父を名乗る男と同じ冷たい目。あの男は危険だ。‥これ以上‥沙羅‥を‥‥かか‥か‥
‥‥あれ?
急に身体が重くなり、頭の中で気だるさが広がっていく。目を開けているのも億劫になり、心地よい睡魔の中に意識が落ち込みそうになる。
たまっていた疲れが、人心地ついたから一気に出てきたのか。いや、これはそんなのじゃない。何とか身を起こそうとするが、身体は鉛の様に重く、手を上げることもできない。何なの‥こ‥れ‥
‥‥‥‥‥‥
‥‥あっ‥‥
いつの間にか意識を失っていたようで、慌てて眼を覚ます。依然身体はピクリとも動かず、今度意識を失ったら、当分起きれないであろうことが分かる。なんとか意識をつなぎ止めようとするが、暗闇は急速に頭の中に広がりつつあった。
「‥よく‥った‥ ‥ずは‥‥だな」
水の中から響くような声が遠くから聞こえ、引きずり込まれそうになった意識が僅かに戻る。重い瞼を持ち上げるも、視界がかすんではっきり見えない。
「‥んだ、まだ‥意識‥ある‥か‥」
朧な影が立っているようだが、それが何なのかはっきりしない。いや、あれは目だ。見覚えのある冷酷な瞳が私を見下ろしている。何とか開いた唇が、影の正体を看破する。
「‥‥く‥じょ‥」
影は覆いかぶさるようにのしかかって来ると、布地の裂けるような音がする。身体の感覚はほとんどないが、胸元が少し楽になり、やけにはっきり男の声が聞こえてきた。
「ふふん、馬鹿な女だ、裏切られたとも知らずになぁ」
朦朧とした頭が言葉の意味を理解しようとするが、最早頭の中に広がった闇に抗うことはできなかった。落ちゆく意識の中で最後に聞こえたのは、勝ち誇ったような男の声だった。
「‥くくっ、教育‥を施す前に‥少し楽しませて‥もらうと‥ ‥」
そして、何もわからなくなった。
ん〜、音は良いんだけど、ちょっとノイズが混じるなぁ。
イヤホンからは、椅子を引きずる音や食器の立てる音、遠くから響く男の子達の笑い声など、食堂の雑多な音が聞こえてくる。
レシーバーのチャンネルを変えても良くならないので、少しボリュームを上げてみる。肝心なのは、生徒会役員達の食事中の会話だが、今のところ当たり障りのないことしか聞こえてこなかった。