第5章 教育-5
「あら、でも結局出て行かれてしまいましたでしょ?」
痛いところを突かれて返す言葉を失う。たしかに沙羅の扱いに関しては、紫苑に一日の長がある。私と違って柳に風といった具合で、やんわりと受け流す術を心得ている。どんな形であれ沙羅を止めるのが目的なら、この子に任せた方がいいのかもしれない。
そう考えると急に疲れを覚え、椅子にどさりと座り込む。時計に目をやると、時刻は七時を過ぎた所。まだ授業まで一時間近くもあるし、少し部屋で横になろうか。などと考えていると、心配そうな表情を浮かべた紫苑が顔を覗きこんでくる。
「それより瀬里奈さんこそ大丈夫ですか、随分お顔の色が優れませんけど‥」
「まぁね、ここしばらく、ちゃんと寝てなくてさ。疲れもたまってるし、いい加減一息入れたいわ」
「まぁ、でしたら、ちょっと一服しませんか」
そう言って紫苑が取りだしたのは、お茶菓子の包み。彼女はいつも実家に帰るたびに、なにがしかのお土産を持ってくるのだが、包みを開いた中からは、美味しそうな水羊羹が出てきた。間食用に常備してあるお皿に羊羹を取り分け、魔法ビンから良い香りのするお茶を注ぐと、たちまちの内にお茶の席が用意される。
「本当は沙羅さんも一緒にと思ったんですが、仕方ありませんわ。先に頂いてしまいましょう」
にこやかに微笑む紫苑の薦めで、朝食代わりにと一切れ口に含む。本当は食欲もあまりなかったのだが、そこは甘い物の魔力。止まることなく手を伸ばし、あっさり羊羹を平らげてしまうと、不思議な香りのするお茶も一息に飲んでしまう。疲れが取れるハーブティですよ、と飲み終わった後で言われたが、脳に糖分が染みわたって人心地ついたせいか、だらしなく椅子に身を預けてしまう。
心地よい眠気を覚えながらも、これからのことをぼんやりと考える。今回のことで、私は一つ大きな決断をすることにした。
これまで、私はジャーナリストと言うものが大嫌いだった。興味本位で人のプライバシーを侵害し、秘密を暴きたてる輩は屑に他ならず、特に二年前の報道では、人生を滅茶苦茶にされたと言っても過言でない。
そんな私がいやいや入った鳳学院で、まさか報道関係の部に入ろうなどとは夢にも思わぬことだった。だが、それにも増して沙羅には人を惹きつける魅力があった。初めて会った時は生意気なチビの外人としか思わなかったけど、派手に喧嘩した後、この子とはきっとわかりあえると直感し、いつしか報道部が私の居場所となっていた。
学院で記事を作る活動はそれなりに面白くあったが、ジャーナリストになりたいとはこれっぽっちも思わなかった。沙羅が将来報道関係の会社を立ち上げたいと言う話は早い段階から聞いていたが、それは彼女の夢であって、私は将来を決めかねていた。
ずっと心の枷だった認知に関する疑念は、昨日の綾小路先輩との話で払拭された。あの初めて本当の親と引き合わされた日、私の身体を好色な目付きで眺めていた男は、やはり親としての責任から認知したわけではなかったのだ。これで藤堂の姓から決別するのに何の未練もなくなったが、驚いたのは沙羅の反応だった。あの子はまるで我が事のように泣いてくれて、怒ってくれた。それがどれだけ嬉しかったか、到底言葉で表すことなどできない。だから私は、これからの人生を彼女に預けることにした。ジャーナリストへのわだかまりを捨て、一緒に会社の設立を目指し、共に報道関係の道を歩んでいこうと決めたのだ。