第5章 教育-34
「我々の調査でも、まだ彼の正確な協力者、ならびに麻薬の被害者を把握しきれておりません。ですが明晩、九条直哉の誕生パーティが学内の迎賓館で行われると聞きます。おそらく、彼の協力者も一同に介することでしょう。彼等の確保には、絶好の機会ではありませんか?」
「ふむ、それでどのような対処をお望みで」
「最終的に法的機関の介入は避けられませんが、学内の問題は、あくまで自治を以って臨みたいと考えます。パーティには恐らく百名前後の参加が考えられますが、学院側で警備員はいかほど動員できましょうか?」
「学院詰めの警備員は三十名程ですが、西園寺グループの警備部に要請すれば、五十名前後の増員は都合がつくはずです」
「では、パーティ会場を制圧することで、彼等の一斉検挙を提案致しますが、いかがでしょう」
「それで、多少なりとも学院の名誉が保たれるなら異存はありません。しかし、これは学院始まって以来の大捕物となるでしょうな」
力なく笑う理事長に、私は最後のお願いをすることにした。ここまでは元生徒会長としての責務。任期中、学内で行われていた不祥事に気付きもしなかった自分が、やるべき役割を果たしたにすぎない。ここからは私、綾小路紫織の個人的な要望である。
「それと、もう一つお願いしたいことがあります。明晩、九条直哉に引導を渡す役目は、私にお任せ下さい」
「なんと!それはなりません。相手は麻薬を扱う非常識な連中ですぞ。御身にもしものことがあれば、どうなさるおつもりで」
「では、警備部より信用できるボディガードをお付けください。先に申した通り、今回の不祥事には責任を感じております。彼に犯罪の証拠を突きつけるのは私の役目と心得ます。それに綾小路家の一員として、招かれたパーティをお断りするのは、礼儀に反しますわ」
いつになく感情的になるのを感じながらも、これだけは何としても譲る気になれなかった。確かに合理的に考えれば、理事長の懸念通り危険を伴う行為で、全く不合理極まりない。だが、学院に麻薬を蔓延させたのみならず、不埒にも私に迫ってきたあの不遜な輩の断罪を、他者に委ねるつもりにはなれなかった。あまつさえ、パーティの招待状を送りつけてくるなど、どういう神経をしているのか。これは私の、ひいては綾小路家のプライドの問題であり、決して感情に流されての行為ではない。そう、自分に言い聞かせながら、説得に臨んだ。
理事長はあくまで反対の姿勢を貫いたが、最終的に西園寺グループが今後も鳳学院の経営に携わっていくには、学院の自治力の高さをアピールする必要があり、元生徒会長が事件解決の立役者となれば効果的である。と、相手の弱みをついた強引な理屈で、不承不承ながらの了承を取り付けた。
不安げな表情の理事長を後に部屋を辞し、私はそのまま学外に戻るつもりでいた。九条コーポレーションを告発できるだけの証拠を、明日のパーティまでに用意するには、まだやることが残っている。