第5章 教育-20
彼女の姿は無残の一言に尽きた。まるでレイプでもされた後のように、制服はあちこち引き裂かれている。ベストとブラウスはボタンが引きちぎられ、ブラジャーもストラップの部分が外れていた。しかも、破れた服ははだけられ、白い肩も腹も乳房も、片側だけ剥き出しになっている。スカートも大きく引き裂かれ、上体とは反対側の太ももが大きくさらされている。
そんな恰好であるにもかかわらず、瀬里奈は身じろぎひとつせず、天井から吊られたモニターを眺めているようだった。こちらからでは裏面になり、何が映ってるかはわからないが、耳にもヘッドホンを当て、そこからの音に聞き入ってるようだった。
あたしは必至で彼女の名前を叫んだが、部屋に仕切られたガラスのせいか、それともヘッドホンのせいか、瀬里奈は何の反応も示さなかった。時折、呟くように唇が動くが、まったくの無表情でピクリともしない姿は、等身大の人形にも思えてくる。
「あんた、瀬里奈に何してんのよ!」
「教えてやろう、彼女は今、教育を受けているのだ」
それこそ、待ってましたと言わんばかりに、九条はいやらしい笑みを浮かべて答える。教育?それが洗脳を暗に指してるのだと思い当たり、焼けつくような焦りが胸の中に広がる。それって、瀬里奈が新城先輩みたいになっちゃうってこと?その考えが頭をよぎると、論理的な思考は働かなくなり、ただ否定の言葉だけが頭の中に響き渡る。
「やめて、今すぐ瀬里奈を放して!」
あたしのヒステリックな叫びを、九条はまるで天上の音楽でも聞くような面持ちで聞いていた。その瞬間わかった。こいつは人が苦しむのを見て喜んでいるんだ。でも何がそんなに嬉しいのかは、さっぱり理解できなかった。
それでもあたしは叫ぶことしかできず、哀願するでもなく、罵るのでもなく、ただやめてと繰り返した。途中からは、紫苑に呼び掛けていた。彼女が正気に戻って、助けてくれることを期待して。だが紫苑は穏やかに微笑むだけで、望みを叶えてはくれなかった。
さすがに息が切れて言葉が途切れると、九条は壁際の装置に手を触れる。何をしているのかわからないが、やがてマイクを手にすると、瀬里奈のいる部屋に彼の声が響き渡る。
「よし藤堂瀬里奈、教育は終了だ。気分はどうだ?」
ガラスの向こうで、瀬里奈は何か答えたようだが、その言葉はあたしまで届かなかった。だが九条は納得したらしく、何事か紫苑に指示を出すと、座っていた椅子へと戻る。隣室へ赴いた紫苑は、瀬里奈を椅子から起き上がらせ、話しかけているようだった。何が起きてるかわからないあたしは、言い知れぬ不安を募らせていた。九条の言う教育の終了が指し示す意味には、悪い予感しかなかった。
そしてそれは現実のものとなった。実験室から現れた瀬里奈は、あたしの状況を見て取ると、いつもの呆れた様な口調で笑いかける。
「だから言ったでしょ、沙羅。これ以上この件にかかわると危ないって」
遅かったのだ。
絶望で目の前が真っ暗になり、あたしは首を垂れた。勝ち誇った様な九条の笑いがうるさかった。
もう一度気を失えたらよかったのに、あいにくそうはならなかった。俯いていたあたしの顔を紫苑が優しく起してくれるが、それは親切からでなく、九条の足元に跪く瀬里奈の姿を見せつけるためだった。