006 最初の犠牲者・３-1
006 最初の犠牲者・３
室内には啜り泣く声が木霊している。目の前で繰り広げられた惨劇を頭では理解しているのに、感情が追い付かない。悲しいのか、腹立たしいのか、恐ろしいのか。投げ出さすように横たえた二人のクラスメイトの亡骸になにかしらの感情は抱いているはずなのに、この感情の名前が、わからない。
「私たちは殺し合いをする、三度書け」
熊取チエ──ベアトリーチェと名乗る女に聞かされたルールの説明は、おおよそ理解出来た。どうやらここはどこかの島（ベアトリーチェは悪食島と呼んだが、恐らく仮名だろう）であるらしいこと。島の住民はプログラムの開催によりすでに避難を済ませていること。電気やガス、水道は全て止められていること。
そしてもっとも重要なのが、この首輪であった。全生徒に取り付けられた首輪は通称〝ガダルガナル三十五号〟と言う代物らしく、位置情報を正確に把握出来るのだと言う。首輪の内側には小型爆弾が埋め込まれており、無理に外そうとすると爆発する。そして時間の経過と共に徐々に指定される〝禁止エリア〟に足を踏み入れても、やはり爆発する。位置情報が把握されているので、海に逃亡しようとしたり他にも不審な行動をしていた者も、やはりベアトリーチェによって爆破させられる。二十四時間死亡者が出なかった場合はもっと深刻で、その時点で生き残っていた全ての生徒の首輪が、爆発する。
よく出来たシステムだった。取り外しも逃亡も出来ない、かと言ってクラス全員で殺し合いを拒否したところで、二十四時間後にはその全員が死んでしまう。
長々と繰り広げられる説明を聞いていたら、少しずつ頭が冷静になって来た。だからこそ空太はこう思ったのだ。
自分はこの馬鹿げた法律に乗っ取って、殺し合いなどしたくない、出来るはずもない。しかし条件が悪すぎた。どう転んでも殺し合うよう仕組まれているのだ。自分は良い、元よりゲームに乗るつもりなどないのだから。でも、でも──ほんの一握りだと思うけれど、心の弱い何人かの生徒は、あの兵士たちのように平気で武器をクラスメイトに向けるのではないか。そんな奴がいても不思議じゃないんじゃないか。
例えば、そう、少し厳つい感じの派手な女の子たち──ギャルグループのメンバーの、いつも不平不満ばかり口にしている渡辺彩音（女子二十二番）なんかはどうだろう。彼女だけでなく、その砕けた女子たちのボスみたいな萠川聖（女子十八番）は。いや、それを言ったら聖と同じようなタイプの御薗英吉（男子十七番）だって危険ではないか、彼は素行の荒い不良グループの実質ボスだ。男子不良グループの面々とはそれなりに親しかったが、個人的には高津政秀（男子八番）とは馬が合わなかった、出会った瞬間に攻撃されるかも知れない。いやいや、それより、いつも一人っきりでいる如月昴（男子五番）や水鳥紗枝子（女子十六番）は、もっと危険なんじゃないのか。彼らは今年編入したばかりなのだ、クラスメイトに対する情は薄いだろう。
そこまで考えた空太は、はっとなって、醜く恐ろしい邪念を断ち切るようにかぶりを振った。ベアトリーチェによって配られた、ところどころ黄色のシミが滲むメモ用紙には、空太の筆跡で〝私たちは殺し合いをする〟と書かれていた。
「殺らなきゃ殺られる、これも三度書け」
鼻歌交じりの声で、再びベアトリーチェがぞっとするような低い音で囁く。空太はその、唾を吐きたくなるような言葉を大人しく紙に書きながら、唇を固く引き締め、様々な疑念を噛み殺すように、密かに胸の内で理路整然させた想いを新たにする。
──なにを考えていたんだ、疑心暗鬼になったらそれこそ奴らの思う壺じゃないか。死に間際の筒井惣子朗の言葉を思い出す。二年と半年、同じ教室で肩を並べて一緒に過ごして来た。これまでの人生、十五年の内のたった二年半だが、それは決して短い時間ではなかった。たかがクラスメイトなんて、少なくとも空太は思ったことはない。そうさ、みんな友達だ、友達なんだ。最初から疑ってかかって、殺し合いに発展して？ そうして、奴らの思惑通りに動くなんて真っ平御免だ。友達同士が殺し合いなんか、するはずがないんだ！
しかし本堂空太のこの決意は、僅か数時間後には、脆くも崩れ去ることになる。
生き残れるのは、ただ一人。
ベアトリーチェは両手を天に召すように広く掲げ、実に愉快そうに高らかと叫ぶのだった。
「さあ、いよいよ今宵のゲームの開幕だ。宴を始めようぞ！」
2012/10/19 PM21:48──試合開始
【残り：四十二名】