届かない想い-25
幸せそうなカップルの目には、あたしはどんな風に映っていただろう。
あたしも、久留米さんとあんな風になりたかった。
それを振り切るように、コンクリートで塗り固められた階段を転げ落ちそうな勢いで走りながら、そんなことを思った。
でも、久留米さんはもう、あたしに笑いかけてくれることはないだろう。
彼を失うのなら、あの人の過去なんて聞かなきゃよかった。
告白なんかしないで、呑気に隣で笑うだけで満足してればよかった。
ほんの少し欲張ったばっかりに、居心地のいい場所を手放してしまった後悔ばかりがまとわりついて離れない。
あの鉄仮面男を変えさせたのはあたしだなんて、思い上がっていたばかりに……。
階段を駆け下りていくうちに、あたしは空足を踏んでバランスを崩し、狭い踊り場に膝をついてしまった。
ストッキングが破れ、膝頭から血がジワッと滲み出てきた。
「いったあ……」
慌ててあたしは右手で怪我した所を摩る。
その時自分の手が視界に入り、しばし黙ってそれを見つめてしまった。
浮かぶのは、この手を掴んだ骨ばった大きな手。
同時に、添えられた頬が、手が入ってきた髪の毛が、彼の吐息を感じた耳が、全て熱く火照ってくる。
好きでもない女にそこまでできる久留米さんという男がわからなかった。
あれだけあたしの心を揺さぶらせても、心は別の所にあって、あたしの気持ちだけをあの真剣な眼差しで縛り付けて。
……これでどう諦めろって言うのよ。
「……もう、やだ」
あたしは血の出ている右膝を押さえている手に額をあててうずくまったまま、しばらく動けなくなっていた。