届かない想い-14
あたしの腕を振り払うわけでもなく、彼はあたしの胸の中で、むせび泣きながら弱々しい声でさらに続ける。
「俺、飛び込んだ彼女を助けるつもりだったのに、なんでか気を失ってしまって……。
目が覚めた時には俺一人だけが取り残されてた。
目の前が真っ暗になって、何度も彼女の名前を叫んでも波の音しかしないんだ。
だから、これはやけにリアルな夢だって、そう自分に言い聞かせたんだ。
ここに来たのも単なる自分の気まぐれだって……。
で、車に戻ったら、アイツの小さなバッグだけが助手席に残ってた。
それを見た瞬間、なんでか涙が止まらなくなって……」
「…………」
激しい嗚咽に耐えられないかのように、彼はあたしの身体にしがみついてきた。
そして、痙攣してるんじゃないかと思うくらい震えていた久留米さんは、小さな声でたった一言、
「――芽衣子は死んじまったんだって、現実に引き戻された」
と呟いた。
――メイコ。
初めて耳にした彼女の名前に思わず目を見開いた。
ふと頭をかすめたのは、初めて久留米さんとメイが顔を合わせたあの日のこと。
あたしが“メイ”と名前を呼んだら驚いた顔で固まっていたっけ。
そして家族以外の人間には決して懐かなかった気難しいメイも、久留米さんに対してだけはなぜか離れようとしなかった。
そんなメイに対して、久留米さんは“めいこ”と名前を間違えていた。
本気で猫と彼女を間違ったわけじゃないのはわかるけど、ふと彼女の名前を呼んでしまうほど、きっと久留米さんの中では芽衣子さんの存在が今でも大きいんだ。
そう思うと、膝の上に置いた写真立てで可愛らしい笑顔をみせる彼女に言いようのない気持ちがこみ上げてきた。